とらとめしや

 その小さな定食屋は、都市部から離れた郊外の田舎町にぽつんと建っていた。そこは親子代々引き継がれてきた老舗の定食屋であり、世代を経て存在するそれは寂れてきてはいるものの、それでもなお色褪せることのない存在感を放っていた。
 そして現在、件の店は三代目店主――初代店主の孫にあたる青年によって切り盛りされていた。祖父は引退し、父は青年の指導兼裏方仕事に回っていた。ここは既に青年の店であった。
 なお外では魔物娘と呼ばれる存在が「こちら側の世界」に流入し、元いた人類との共存関係を築き始めていた。時の波は容赦なく流れていたが、それでもこの店のスタンスは微塵も揺るがなかった。
 
「店主よ、今日も来たぞ」
「はいいらっしゃい! いつもの席かい?」
「うむ。いつもの席に座らせてもらおう」
 
 例えそれが誰であろうと、のれんをくぐって来た者は全て客。それが親子代々受け継がれてきた、店の鉄則である。当然それは人間だけでなく、魔物娘にも当てはまった。
 
「しかし、今更だが君の所も酔狂だな。飢えた虎に食べ物を恵むとは」
「それがウチの掟みたいなものですからね」
「掟を守るのも構わんが、程々にな? もしかしたら味をしめた虎が、君の方を餌にしてしまうかもしれんぞ?」
「ウチのご飯でそうなったんなら、むしろ本望ですよ」
 
 こちら側の人間の中には、人間と魔物娘が並んで食事をすることに抵抗を抱く者もまだまだいた。しかしここでは、人と魔の間に境は無い。それが腹を空かせているのなら、分け隔てなく食を与える。
 それがこの店のルールだ。
 
「それでトラさん、今日は何食べます?」
「そうだな……せっかくだから今日は、肉が食べたいな。肉の料理をくれ」
「かしこまりました」

 故にこの店に魔物娘の常連がいることについても、誰も疑問を差し挟むことはなかった。店員だけでなくここに通う他の客達も、その存在を当たり前のように受け入れていた。
 その常連客の名はシャオ。この町に住む、人虎と呼ばれる種族の魔物娘である。隣人や店の関係者――主に店主の青年からは、種族名を取って「トラさん」と呼ばれていた。
 
 
 
 
 トラさんことシャオがこの町に来たのは、つい数か月前のことだった。魔物娘達の本来住んでいた世界からこちらに来た理由としては、彼女は「暇潰し」と語っている。この町に流れ着いたのも単なる偶然であり、特にここでなければならないという必然性は皆無だった。
 そうして流れるままにやって来た人虎であったが、田舎町の住人達はそんな彼女を受け入れた。魔物娘達と接触してから今日まで、町の住人――もっと言えばこの世界に生きる全人類――は彼女達のもたらす恩恵に大いに助けられてきた。だから彼女達を邪険に扱う必要はないどころか、逆に粗末な対応をするのは失礼とさえ思われていた。
 そんな訳で、シャオは何の障害も無く町の住人として認められた。そして今現在、彼女は町中に道場を開き、そこで主に護身術を中心に指導を行っていた。人虎の指導は中々に的確で、それがまた彼女の評判を高めていた。
 
「どんな肉がいいですかね。魔界産の肉もいくつか仕入れて来てるんですけど」
「特に指定はしないよ。君がこれだと思うものを使ってくれ。期待しているぞ」
「プレッシャーかけるのやめてくださいよ」
「何を言う。私は君の腕を認めているからこう注文しているんだ。よろしく頼むよ」

 そして一日の指導を終えたシャオは、決まってこの定食屋に足を運んでいた。ここは彼女がこの町に来て最初に訪ねた店であり、以来シャオはここのお得意様となっていた。
 三代目店主の青年と知り合ったのもその時だった。以来、二人は顔馴染みの関係となっていた。軽口の応酬もスキンシップの内である。周りで食事を取っていた客も、それを聞いて眉を顰めることはしなかった。
 
「じゃあ今日は……豚肉使おうかな」

 そう言って、青年が厨房の奥に引っ込んでいく。それから間もなく、奥の方から肉を焼く音、何かをかき混ぜる音、鍋を振り回す音が続けざまに聞こえてくる。それと共に食欲をそそる香ばしい匂いが漂い始め、否が応でも空きっ腹をざわつかせていく。
 
「はい、おまち」

 数分後、青年がお盆を持ってシャオの元にやって来た。シャオに出す料理に限っては――なぜかは不明だが――決まって青年が出すことになっていた。シャオもそれを当たり前のこととして受け入れ、疑問を抱くことはなかった。
 
「今日はシンプルに、野菜炒めで行ってみた。ご飯と味噌汁、漬物付きの定食スタイルだな」

 お盆の上に並んだ料理を見下ろしながら、青年が言葉を紡ぐ。そしてそのまま、お盆をシャオの前に置く。
 中央に野菜炒めを盛り付けた楕円の皿。左に白飯入りの茶碗。右に味噌汁の注がれた器。右上に漬物の入った小
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