第八話(前編)

 滅びは静かに、そして粛々と進んだ。
 城下町は完全に汚染され、闇色の瘴気漂う街路のあちこちで人と魔が愛を交わし合っていた。街路だけでなく、城下町に存在するあらゆる家屋の中から、幸せに満ちた喘ぎ声が漏れ聞こえてきていた。魔物に「貢ぎ物」を贈る裏で、魔物との徹底抗戦を掲げてきたこの国は、その魔物が示す愛と悦びに対して簡単に膝を屈した。これらは魔物達がこの国に侵攻を初めてから、僅か二分後の光景であった。
 軍も自警団も、その侵略行為に対しては全くの無力であった。彼らが気づいた時には、既に街には淫靡な魔力が充満しており、敵襲を察知した時には手遅れだった。そもそも敵方の魔物達が特注の札で魔力を遮断し、人間に変装して城下町に忍び込できたのを看破出来なかった時点で、この国の命運は決していた。
 どれだけ堅固な要塞でも、内側から崩されれば途端に脆くなるものだ。
 
「簡単に堕ちるものなのですね」

 そうして街路の至る所で繰り広げられる大乱交大会を見つめながら、ミラ・ラ・シューイット――侵略部隊の指揮を任された若きレッサーサキュバス――は、どこか呆れたようにそう言い放った。かつて自分が仕えた国、そして数日前に自分達を切り捨てた国が、今こうして堕落に沈もうとしている。その崩壊と変革の境目を前にして、しかしミラはその心に痛みや迷いを覚えることはなかった。
 かつてあった愛国心や忠誠心は、今はもう影も形も無い。この国に未練は無く、自分達を貶めた者共への恨みも無い。この侵攻にしたところで、己の主である女王から「攻めてきてほしい」と言われたから、それに従っただけにすぎない。
 己の仕えた国を己の手で滅ぼす。仮面のサキュバスに、そのことに対する罪悪感は無かった。
 
「まあいい。早く済ませましょう。王城はあちらです。どの人間を愛そうが自由ですが、絶対に殺さぬように。いいですね?」

 気持ちを切り替え、まだ理性を保っていた――まだ運命の男性に巡り合えていなかった――サキュバス達に向けて指示を出す。そして隊長の命令を聞いたサキュバス達は揃って目の色を変え、一斉に地面を蹴って城下町の中心、一際高くそびえる王城めがけて飛び立っていく。そのサキュバス達が目指す灰色の城には城下町と同種の瘴気が纏わりついており、今現在城内がどうなっているのか、ミラには凡その察しがついた。
 恐らくまともな状態にはないだろう。王も大臣も全滅だ。そう頭の中で考えていると、不意に自分の手を誰かに引っ張られるような感覚を覚えた。
 
「……はいはい、わかっていますよ」

 それによって意識を取り戻し、次いで引っ張られる方へ視線を向けながら、ミラは苦笑した。そこには自分の隣に立ち、自分の手をぎゅっと握りしめる一人の少年がいた。彼は両目を潤ませ、何かを欲しがるようにミラの顔を見上げていた。
 クラン・ブレイス。この国の王子。そして自分と同じく国に売られた存在であり、今は自分の夫。自分がこの世で唯一愛する男性。ミラはその幼い王子の顔を見つめ、優しく微笑んだ。
 
「もう、我慢できないのですよね?」

 本人としては優しく微笑んだつもりではあったが、クランにそう告げたミラの顔は酷く淫らだった。額は汗ばみ、頬は赤く染まり、口の端からは我慢しきれないかのように涎が漏れ出ていた。仮面の奥に隠された赤い瞳はギラギラと輝き、鼻息は荒く、眼前の獲物を前に舌なめずりすらする始末であった。自分を取り繕う余裕もなかった。
 そしてクランもまた、そうやって自分の欲求をストレートに見せるミラを好ましく感じていた。ミラが自分で欲情してくれている。それが何より嬉しかった。
 
「僕、もう……」

 だからクランも、自分の気持ちを隠すことはしなかった。そしてミラも、彼の気持ちを即座に汲んだ。
 
「わかりました。ではどうしましょうか。外でしますか? それとも中で?」

 ミラからの問いに対し、クランは無言で前方の一点を指差した。そこには一軒の宿屋があり、案の定と言うべきか、開け放たれた二階の窓からドス黒い魔力が溢れ出していた。

「先客がいるようですが」

 粘り気を持った泥水のように、外壁に沿ってずり落ちてくる魔力の塊を見つめながら、ミラがクランに確認を取る。クランは笑みを浮かべてミラの手を握り、彼女をそこへ引っ張りながらそれに答えた。
 
「だったら、見せつけてやればいいんだよ」
「クラン様、それは」
「僕もう我慢出来ないんだ。お城でやった分じゃ満足出来ないんだ」

 前に進みながら、クランが訴える。彼の言葉通り、二人はここに来る前に嫌と言う程まぐわっていたのであった。
 
 
 
 
 ミラが堕ちてから今日で一週間経つ。その一週間を、クランとミラはベッドの上で過ごした。シーツがぐしょぐしょになり、床まで水気を含んで湿
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