実の母であるミラにクランの護衛を任せたのは、現女王陛下その人であった。彼女は夫の不義によって運命を狂わされた二人を憂い、またいらぬ誹りや実害から遠ざけるために、この親子を王宮内に隔離したのである。ミラに「母親」でなく「王の守護騎士」としてクランに接することを求めたのも、女王陛下の精一杯の心配りであった。
なおクランの存在を知る者の中では、「彼を産み落とした不逞の輩」は既に死んだことになっていた。ミラがクランの実母であることを知っていたのは、本人達以外には国王と女王陛下だけであった。ミラに仮面を着けさせ、素顔を隠すよう命じたのもこの女王である。
「……そう言うわけですので、今日より私はあなたの盾。あなたの剣となります。色々不便とは存じますが、どうかご容赦を」
これらすべてをクランが知ったのは、彼が六つになった時だった。六歳の誕生日を迎えたその日、ミラは全てをクランに打ち明けた。
出生の理由。こうなった経緯。自分達の今の立場。それら全てを隔離された部屋で、クランの目の前で仮面を着けながら、滔々と話して聞かせたのである。
ミラはクランを孕む前から、王族直属の親衛隊に属していた。守護者としては適任であった。母を捨てる覚悟もあった。
後はクランの覚悟だけだった。
「……わかった。それが母さんを守るために必要なら、僕もそれに従うよ」
クランは二つ返事で了承した。彼はミラが実の母であることは当に知っていたし、彼女が本心から自分を愛してくれていたことも知っていた。そして彼は、以前から自分を育ててくれた実の母に恩返しがしたいと思っていた。
だからクランはそれを受け入れた。愛する母のために、彼は母を騎士として迎え入れた。ミラの心配は杞憂に終わった。
そしてそんな息子を、ミラは誇りに思った。同時にクランに重荷を背負わせてしまったことを深く後悔した。溢れる感情のあまり彼を抱き締めたミラのその体は、喜びと悲しみで激しく震えていた。
「泣かないで、母さん」
「クラン……ッ」
これが、「親子」としての最後の触れ合いだった。抱擁を終えた後、二人は「親子」から「主従」に代わった。
「……これからも僕を守ってね、ミラ」
「……はい。我が身命を賭して、あなたにお仕えいたします……」
クランが立ち上がり、ミラが跪く。王子の差し出した手を取り、仮面の騎士が恭しく口づけをする。騎士の誓い。不可侵の領域。
こうして母は死んだ。
立場が変われば役割も変わる。その日を境に、ミラは家事をしなくなった。クランの世話は全て女王の寄越す使用人達が取り仕切り、ミラは部屋の隅でそれを見守る役に終始した。クランが食事をする時や、勉学に励む時も、ただそれを見守るだけ。かつてのようにあれこれ甲斐甲斐しく面倒を見ることは、もはや許されなかった。
「ねえミラ、ちょっとここ教えてほしいんだけど」
「そのようなことはお付きの先生に教わった方が早いのでは……?」
「いいの。僕はミラに教えてほしいんだ。さ、そこにいないで、横に座って」
「王子……」
その代わり、今度はクランがミラに懐いてきた。王と騎士の立ち位置は守ったまま、寧ろ王の特権を利用して、ミラに自分の世話をすることを求めたのだ。一日中べったりすることは無かったが、それでも彼は何かにつけては、ミラを自分の傍に置いていた。
そしてクランはそのやり取りと、使用人達の目の前で堂々とやってのけた。王が騎士に懐いて何が悪いのか。彼は本気でそう思っていた。
「あの、見られてるのですが……」
「いいじゃん別に。僕はミラについていてもらいたいんだ」
「まったく、王子はいつまでも甘えん坊なんですから……」
ミラもまた、そんなクランの「おねだり」に悪感情は抱いていなかった。それどころか、自分を求めてくれる王子に喜びすら感じていた。もちろん公私を混同することも、主従の立場を乱すこともしなかった。あくまで王と騎士として、二人はほどほどのスキンシップを繰り返した。人の絆は簡単には断ち切れないものだ。
こうしてクランは、騎士ミラと親交を深めていった。主従関係を貫き、親子関係を徹底して封殺した結果、仮面の騎士から母の面影は薄れていった。騎士は常に敬語で接し、王も常に尊大な態度で臨んだのも、それを助長した。
仮面で顔を隠したのも原因かもしれない。仮面を着けた母などいない。目の前にいるのは、頼りになる大切な騎士だ。
「ミラって、綺麗だよね」
「いきなりどうされたのですか、クラン様?」
「ううん、別に。ただちょっと、綺麗だなって思っただけ。嫌だった?」
「いえ。私ごときには勿体ないお言葉でございます」
やがてクランは目の前の女性を、「母」ではなく「大切な自分の配下」と認知するようになっ
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