クランの父は厳格ではあったが、悪い意味で適当な人間だった。奔放で、自分の主張を何より第一とし、細かい事は気にしない主義でもあった。それは恋愛観においても同様であり、いついかなる時も自分の意見が優先されると本気で思っていた。
その日の彼も、そう思っていた。彼はその日、自分の横を通り過ぎたある女性――側室ですらない、ただの王族関係者の女性である――を不意に捕まえ、無理矢理私室まで連行し、そこで己の権力を盾に無理矢理犯したのであった。
「は?」
そこまで聞いた段階で、レモンが全身から魔力を放つ。その幼い体を包み込む漆黒のオーラは怒りにまみれ、今にも爆発寸前だった。実際、あちこちにある本棚が悲鳴を上げるように軋み始め、やがて図書室全体が地震に襲われたかのように揺れ始めた。
「す、すいません! 話は始まったばっかりです! 落ち着いてください!」
慌ててクランが止めに入る。全力で請われたバフォメットはすぐに我に返り、「すまぬ」と謝りながらオーラを消した。
図書室の震えが止まる。クランが肩を落とし、安堵のため息を吐く。
「それで、その後どうなったのじゃ?」
一つ咳払いをした後、気を取り直してレモンが尋ねる。クランも頷き、話を再開させる。
「とにかく、僕の父はそうして、一人の女性と関係を持ったんです。でもそれは、父にとっては遊びでしかなかったんです」
たまたま目についたその女性が美人だったから、つい手が伸びてしまった。それ以上でも以下でもない。一夜限りの些細な遊び。
国の所有者たる、王者の特権。些細な戯れである。
「でも、遊びでは済まなかった」
「なぜ?」
「僕が出来たからです」
しかしその女性は、そのたった一度の「戯れ」で孕んでしまった。父はたった一回で受精するはずが無いだろうと高を括っていたが、後の祭りだった。
当然、それを知った父は動転し、すぐに廃嫡を求めた。己の汚点を残すわけにはいかない。彼の行動は迅速だった。
しかしその時には、既に彼の正室――父の本妻に知られてしまっていた。彼女はどこからか漏れてきたその情報を、ばっちり耳にしていたのだ。
「正室……つまり現女王陛下は、それを知って大層お怒りになりました。そして女王陛下は、僕を身籠ったその女性と、お腹の中の僕を殺さぬよう命じたのです」
全ては王の不手際によって起きたこと。その者らに罪はない。
その女王の命令によって、クランとその母親は一命を取り留めた。しかしクランが不義の子であり、また王族の血を継いでいる子であることも事実だった。簡単に世に出していいものではない。出せば、王家の権威は少なからぬダメージを受ける。
だからクランと母親は、揃って城内の一角に軟禁された。表の世界でも情報統制が敷かれ、クランという王族はいないことになっていた。
「城下の者共はそなたを知らんのか?」
「はい。僕が王族に連なるものであることを知っているのは、王城で暮らす人の中でもごく僅かの人だけです」
クランからの言葉を聞いたレモンは、すぐに顔を怒りで歪めた。そして怒りのまま、吐き捨てるように言葉を放った。
「今まで無かったことにしておいて、今になってクランを王族として売り込んできたのか。大した面の皮の厚さよの」
レモンの怒りは、まだ見ぬ王へ向けられていた。クランはそれを見て、どこか捨て鉢な態度で笑いながら口を開いた。
「僕に王らしく振舞うように命じてきたのは、女王陛下なんです。希望を捨ててはいけない。いつか役に立つ時が来るから、その時に備えて王の知識を身につけておけと、女王陛下から直々に命じられたんです」
クランの元に毎日教育係を寄越したのも、そしてクランの護衛役にミラを任命したのも、全てその「女王陛下」だった。そうしてクランは豪華だが閉じ切られた空間の中で、ミラに守られながら王の勉強を進めていった。
「外にも出られなかったし、世界で何が起きてるのかもわからなかった。勉強漬けの毎日には息が詰まりそうだった。でも、辛くはなかった」
窮屈だが、決して寂しくはなかった。自分の傍らには、いつもミラがいた。護衛役のミラが、いつも自分の寂しさを紛らわせてくれていた。
ミラがいたから、自分は王としての勉強も続けられたし、軟禁生活にも耐えられた。
「僕にとって、ミラはただの護衛騎士じゃない。もっと大きくて、もっと大切な存在なんです。だからそんなミラを、僕の都合で汚すことなんて出来ない」
汚い父のように、王の権利を振りかざしてミラを押し倒すこともしたくない。クランの悲痛な訴えが図書室に響く。
「ミラは僕を信頼して、僕のことを守ってくれている。妾の子、王家の恥とも言えるこの僕を、全身全霊で守ってくれる。そんなミラの
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録