「む、掃除中だったか。失礼したかな?」
その時、通路の奥の方から低い声が聞こえてきた。ミラと銀髪のサキュバスが雑談を中断し、声のする方へ眼をやると、そこには全身を鎧で固めた人型の物体が立っていた。それはミラと同じくらいの背丈であり、武器の類は一つも携えていなかった。
そしてそれを目にしたミラは思わず息をのんだ。
「奴はなんなんだ」
「あの人も魔物娘っすよ」
唖然としたまま呟くミラに、銀髪のサキュバスが補足を加える。彼女を横目で見ながらミラが再び口を開く。
「……首が外れているが」
「そういう魔物娘なんすよ」
「生首を抱えているんだが?」
「そういう魔物娘なんです」
ミラの言う通り、その鎧姿の物体は、自分自身の首を小脇に抱えていた。その凛々しい顔だちをした女性の生首は血色がよく、胴と外れているにも関わらず生気に溢れていた。
実際、その生首は滑らかに眼球を動かし、感情と活力のこもった眼差しをミラに向けてきていた。
「そこにいるのは人間か? 例の捕虜、というやつか」
あまつさえ、生首が口を開いて言葉を発する。確固たる理性を持った、生者の放つ言葉そのものであった。
「首が落ちてるのに生きてられるのか」
「だから、そういう魔物娘なんですって」
信じられないものを見るかのような眼差しを向けたまま言葉を放つミラに、銀髪のサキュバスが疲れた顔で説明する。そんな二人の元に、件の生首を抱えた魔物娘が悠々とした足取りで歩み寄って来る。近づいてくる異形を前にミラは表情を硬くしたが、鎧の魔物はそれを前にして気分を害するような素振りは見せなかった。
「やはり人間は私を怖がるものなのか……何がいけないのだ?」
顔や態度には出さなかったが、やはり気にしてはいたようだった。そして眼前に立ちはだかる彼女の発言を聞いたミラは「まず首を元の位置に戻せ」と思ったが、それを声に出すことはしなかった。この状況下で藪蛇だけは避けたかった。
「もしかして騎士様、こちらの方にお会いするのは初めてっすか?」
そこに銀髪のサキュバスが割り込んでくる。地獄に仏とはまさにこのこと。ミラはすぐに件のサキュバスに顔を向け、大きく頷いた。
そしてそれを見たサキュバスも「なるほど」と頷き返した。次に彼女は鎧の魔物を手で指し示し、それの紹介に入った。
「こちらはデュラハンのグレイ様。ヴァイス様の右腕的存在で、超強いお方なんですよ」
そう言うサキュバスは、どこか誇らしげだった。しかし称賛交じりに紹介されたデュラハンはそれを鼻にかけることはせず、自然な動きで生首を抱えていない方の手をミラに差し出した。
「グレイだ。よろしく」
言葉少なに握手を求める。立場がどうあれ、ここで相手の手を払いのけるのは、騎士としてあるまじき振舞いだ。
「……ミラだ。ここにはその、捕虜として来ている。こちらからもよろしく」
歯切れの悪い口調でミラが己の名を名乗り、グレイからの握手に応じる。人間と魔物娘が手を握り合い、固い握手を交わす。
まさか自分が魔物とこんなことをするとはな。ミラは今の己の行いを俯瞰視点から見つめ、自嘲気味にそう思った。
「捕虜か。あの国の連中からすれば、あなた達は体のいい生贄なのだろうがな」
そこにグレイの言葉が聞こえてくる。彼女の台詞からは怒りが感じられた。
なぜ怒る? ミラが疑問に思う。何故魔物はそうも自分達に――人間に肩入れするのか?
胸の内に湧き上がったそれらを言葉にし、相手にぶつける。
「不当に扱われた者を気遣うのは当然のことだろう」
グレイは即答した。迷いのない、潔い回答だった。ミラは目を点にした。
「私達は、人間と仲良くなりたいんですよ」
サキュバスも追撃をかけてくる。ミラの頭の中は一層混乱した。こいつらは何を言っているんだ。
しかし目の前の魔物達は、嘘を言っているようには見えなかった。二人とも真剣な表情をこちらに向けており、決してこちらを弄んでいるようには見えなかった。
「……本当にそう思っているのか?」
慎重な態度で、ミラが二人に尋ねる。勿論だ。デュラハンが即答する。
「困っている人間がいたら、私は喜んで一肌脱ごう。弱きを助け、強きを挫く。それが騎士というものだ」
「本気で言っているのか」
「当然だ。つい先程そうしてきたばかりだからな」
訝るミラに対し、グレイが胸を張る。首を傾げるミラに、今度はサキュバスが彼女の疑問を氷解させていく。
「グレイ様、ちょっと人間の身代わりになってたんですよ」
「どういうことだ」
「そのまんまの意味です。人間の代わりに人間達のところに向かっていたんです」
「?」
ミラはまだ釈然としていないようだった。顔の上半分が仮面で隠れて
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