朝食を済ませ、アオの手によって食器を片づけられた後、二人は真っ先にその問題にぶち当たった。
「……暇だね」
「ええ……」
本当にすることが無かったのである。退屈に殺されるとはまさにこのことだ。それどころか時間を無駄に使い潰しているような気がして、申し訳なさで心が押し潰されそうになる。
二人並んで椅子に座り、そこで所在なさげに体を動かしたり、ちらと時計を見たりする。二人はこれまで王と臣下の関係を徹底して通してきたので、今になってフランクな雑談に興じることも出来なかった。
気まずい事この上なかった。
「どうしようか?」
「どうしようもありませんね。こんな場所で剣を振るうわけにもいきませんし」
これならまだ、捕虜として強制労働なりさせられた方がマシである。それが二人の共通認識であった。
なお二人の頭には、部屋の外に出るという選択肢は最初から無かった。不用意に外に出て魔物連中に目を着けられたら、何をされるかわかったものではない。いくら暇だからと言って、自殺願望を発露する気はさらさらなかった。
暇なことには変わりないが。
「あらやっぱり。二人してここに閉じこもっていたのね」
ドアを開けてヴァイスがひょっこり現れたのは、そうして彼らが退屈を感じ始めて三十分経った頃のことだった。突然の訪問者にクランは曲がり切った背筋を反射的に伸ばし、ミラはドアが開き始めた時には、既に腰に提げていた剣に手を掛けていた。
「安心しなさいって。王子様を食べに来たわけじゃないんだから」
ヴァイスもまた、入室と同時にこちらに敵意を放つミラの気配に気づいていた。彼女はお構いなしに室内へ進入し、同時にやんわりした口調で自分にその気がないことを告げた。
それでもミラは警戒を続けた。魔物の甘言には耳を貸さない、鋼の意思の体現だった。しかし直後に隣にいたクランの「大丈夫だよ」という声を受け、そこで彼女はようやく剣から手を離した。
「ありがとね、王子様」
張り詰めた空気が急速に和らいでいくのを肌で感じ、ヴァイスがクランに向かって礼を述べる。ついでに茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせる。
直後、クランの顔が茹蛸のように赤くなる。幼い王子の新鮮な反応を見たヴァイスが愉快そうに笑みをこぼす。ミラが面白くなさそうに顔をしかめる。
「それで、今日は何の用でここへ?」
腕を組んだミラが話題を切り出す。言葉の端々から棘が見え隠れしていた。ヴァイスはそれを無視して空席の一つに腰を降ろし、座ると同時にキッチンに向かって右手を軽く振りつつ、ミラの方を向いてそれに答えた。
「いやなに、二人とも何をしていいかわからなくて、難儀してるんじゃないかなって思ってね。ちょっと様子を見に来たのよ」
キッチンから三枚のソーサーと三つのカップが飛んで来る。最初にソーサーがそれぞれの手元に着地し、その上にカップが小さく音を立てて降り立つ。カップの中は黄金色の液体で満たされており、僅かに湯気が立ち上っていた。
紅茶。ストレートティーだろうか。色と立ち上る風味から、クランはそう推理した。魔物の供した飲み物に軽々しく口をつけることは躊躇われたが。
「案の定、って感じね」
一方で自分のカップを手に取り、平然と中の液体に口をつけながら、ヴァイスがぽつりと言葉を漏らした。図星だった。二人は気まずくなって、無意識のうちに視線をカップに降ろした。
「それでなんだというのだ? 冷やかしに来たのか?」
すぐに視線を元に戻して、ミラが食い下がる。ヴァイスはカップを元に戻し、笑みを浮かべてそれに答えた。
「違うわよ。暇で死にそうなあなた達のために、ちょっと提案をしに来たのよ」
「提案?」
クランが食いつく。視線をそちらに移してヴァイスが頷く。
「何をさせるつもりなんですか?」
続けてクランが問う。微笑んだままヴァイスが答える。
「ちょっと二人に仕事をしてもらおうと思ってね」
ミラは城内の雑務の手伝い。クランは魔物の歴史の勉強。
それがヴァイスの提示した、二人への「仕事」の内訳だった。
「勉強を仕事と言うのか?」
「異種族の内情を知り、誤解を解き、相互理解を深める。これもまた王の仕事。人の上に立つ者が果たすべき義務であるはずよ」
ミラからの問いに対して、ヴァイスはそう事もなげに言ってのけた。ぐうの音も出ない正論だったので、二人はそれ以上言い返すことはしなかった。
そして人間二人が口を噤んだのをいいことに、ヴァイスは自分のペースでどんどん話を進めていった。
「そういうわけだから、今日からさっそく仕事をしてもらうわ。お昼まではゆっくりしてもらって、昼食を取った後で働いてもらおうかしら。もちろん
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