第二話

「へえ、そう来る」

 魔物達の根城である廃城、その玉座の間にて。
 人間側が寄越してきた遣いから伝書を受け取り、中身を確認したヴァイスは、読み終えると同時にそう呟いた。この時彼女は口元を僅かに緩め、新しく貰った玩具を観察するように楽しげな笑みを浮かべていた。
 
「男を寄越すからちょっかいをかけないでくれ、だなんて。それも実の息子を。ここまで冷淡だと怒る気にもなれないわね」

 伝書から目を離し、ヴァイスが玉座に深く腰掛ける。彼女の両脇に控えていた二人の魔物――兜で顔を隠し、全身を鎧で包み込んだ大柄な魔物と、頭から立派な角を生やし、露出の激しい衣装を身に纏った幼女姿の魔物は、そんなヴァイスの言葉を受けて僅かに身じろぎした。
 ヴァイスの両腕たる彼女達は、これまでずっと間近で彼女を支えてきたが故に、その感情の変化に対して敏感に反応出来るようになっていた。そして今、二人が仕えるサキュバスは、心の底から怒っていた。
 
「完全にキレていらっしゃる……」
「頼むから癇癪だけは起こしてくれるなよ。儂らの仕事を増やさんでくれえ……」
 
 それが怖くてたまらなかった。この人は普段温厚な分、一度火がついたら容易には止まらないタイプなのだ。エンジンのかかった彼女をなだめすかすことは面倒くさいことこの上ない。
 そんな配下の憂いが通じたのか――もしくは眼前に真人間がいたからなのか、ヴァイスは力のままに暴れることはしなかった。
 
「町と引き換えに息子を生贄に捧げるだなんて、子供を何だと思ってるのかしら。ああもうイライラする。よくもこんなふざけた要求を持ち込んできたわね」

 代わりに伝書を力任せに丸めながら、眉間に皺を寄せて吐き捨てた。ついでにグシャグシャに丸めた伝書も、勢いよく遠くへ投げ捨てた。
 それを見た遣いの者は、ここで初めて目の前のサキュバスが怒っていることに気が付いた。気が付くと同時に彼は背筋に寒気を覚え、顔面から血の気を引かせていった。
 
「ああ、ごめんなさい。別にあなたに対して怒っている訳じゃないの。取って食ったりはしないから安心して」

 直後、遣いの怯えを察したヴァイスが、慌てた口調で彼に声をかけた。同時に全身から放っていた怒気も雲散霧消させ、「いつもの」優しいサキュバスに戻りながら遣いに言葉をかけつづける。
 
「でもまあ、このくらいの要求なら受けてあげてもいいわよ。面白そうだし。それにこの要求をこっちで蹴ったら、その交換材料役の王子様、国でどういう目に遭うかわかったものじゃないしね」

 ひどくフランクな態度だった。遣いの者はまさに恐る恐ると言った感じで、ヴァイスに確認を取った。
 
「本当によろしいのですね?」
「ええ。我々はあなた方の要求を受け入れます。攻撃の手を止める代わりに、そちらの提供する人員をいただきましょう」
「……本当の本当に? 嘘ではないですよね?」
「当たり前でしょ。今の魔物は嘘をつかないし、道義にもとる行為も絶対に取らないわ」

 今の人間と違ってね。心の中で余計な一言を付け加える。彼女はまだこの件に関して、腹に据えかねている部分があった。
 次の瞬間、鎧で身を固めた魔物が咳払いをする。長年付き添ってきた経験から、ヴァイスの心中は彼女には筒抜けだった。
 
「はいはい。次からは気を付けるわよ。油断も隙もありゃしない」

 一方のヴァイスもあっさりと折れた。自分の腹心が正しい事を理解していたからだ。また反対側に立っていたロリ体型の魔物も、鎧の魔物が咳払いをしたタイミングで「相変わらずじゃのう」と呆れ気味に呟いた。
 遣いの者は、そんな彼女達のやり取りの一部始終を呆然と見つめていた。その呆けた態度に、鎧姿の魔物が真っ先に気づく。
 
「どうした。我らの会話がそんなに珍しいか」
「あっ、いや、その」

 いきなり心の奥を探られ、遣いの者が動転する。刹那、ヴァイスが彼に助け舟を出す。
 
「魔物とは意思疎通は出来ない。共存共栄も出来ない。ただ人間を取って食うだけの、凶悪で野蛮な連中。今までそう教わってきたんでしょう?」
「うっ」

 ヴァイスの発言はオブラートとは無縁の、生の感情剥き出しな言葉の羅列だった。しかし事実だった。一から十まで言い当てられた遣いの者は何も言えなかった。
 だがヴァイスと彼女の「両腕」は、それに対して怒ることはしなかった。もう慣れたから別にいい、とはヴァイスの言である。
 
「いちいちそれくらいで目くじら立てたりはしないわ。実際昔の私達はそうだったしね」

 確かそうだったわよね? 続けてヴァイスが言う。自分の黒歴史ですね。鎧姿の魔物がしみじみ告げる。あまり愉快な思い出ではないのう。幼女の魔物がため息と共に吐く。
 みんな気持ちは一緒ってことね。主と腹心二人がそれぞれの顔を見合い
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