真昼。
何もない平野の中を、一台の馬車が駆け抜けていく。
遠くに見える古ぼけた廃城を目指し、一目散に駆け抜けていく。
「……」
その馬車の中に、二人の人間がいた。一人は癖の強い栗色のショートヘアを備えた、まだあどけない顔だちを残した少年。そしてもう一人は腰まで伸びた赤い髪を持ち、顔の上半分を白い仮面で覆い隠した、見るからに大人の風格を漂わせた女性だった。
少年は格調高い立派な服を身に纏い、そのあちこちに派手な紋章やら金糸の刺繍やらを刻み込んでいた。一方で女性は動きやすさを重視した簡素な服を身に着け、腰に剣を提げていた。
この出で立ちの差は、そのまま二人の身分の差を示していた。
「……」
その二人の間には沈黙があった。朗らかさとは無縁の空気が流れていた。彼らはこれから自分達を待ち受ける運命を前にして、困惑と恐怖と覚悟を絶えず心の中で争わせていた。
「ご安心ください。王子」
そんな中、唐突に女性が口を開く。王子と呼ばれた少年が、自分よりずっと上背のある女性の方を向き、顔を持ち上げて相手の顔を見る。
少年の瞳が、仮面を被った女性の顔を視界に納める。いつも自分を守ってくれた、たった一人の従者。その顔を目に焼き付けるように、しっかりと視界に入れる。
「例え何があろうとも、私は王子を守ってみせます。この剣に誓って、王子を守ると約束しましょう」
仮面の女が腰の剣に手を添えながら宣言する。それだけで、少年の心にあった恐れや怯えが一気に消え去っていく。
この女性が自分に嘘をついたことなど一度も無い。少年は自分の心の中に勇気が溢れ、体が熱で包まれていくのを感じた。
「ありがとう、ミラ」
仮面姿の女をまっすぐ見つめながら、少年が言葉を返す。この人はいつも自分に勇気をくれる。そんな女騎士に向けて、少年が精一杯の感謝を言葉に載せて託す。
ミラと呼ばれた仮面の女もそれに頷き、自然な手つきで少年の肩に手を回す。少年もそれを拒まず、自分から仮面の女に身を預けていく。
「あなたは私が守ります。絶対に……」
「……うん」
小刻みに揺れる馬車の中で、二つの人影が一つに重なる。
まるでこの世界で二人ぼっちになってしまったような、そんな寂しさを紛らわせようとするかのように。
その国は魔物に狙われていた。最初に攻撃を受けたのが一週間前。その後不定期に、魔物達がその国に嫌がらせ紛いの攻撃をし始めたのだった。
なぜそんなことをするのか? 誰もわからなかった。もしかしたら、国ぐるみで主神教団の信仰を奨励していたのがまずかったのかもしれない。そう考える知者もいたが、それにしたってそうだと言う証拠は無かった。真相は闇の中だ。しかしこの国が今問題とするべきは、そこではなかった。
「つい先日も、魔物達による襲撃を受けました。それも前回よりも、遥かに数の多い攻勢です。凌ぐことは出来ましたが、我々も第三防衛ラインを放棄せざるを得なくなりました。我らの防衛圏は、日に日に狭まってきております」
「またか……」
「おお、神よ! 我らを救いたまえ……」
魔物達の「ちょっかい」を受ける度に、国内は戦々恐々とした。なぜならこの国はレスカティエのような大国とは比べるべくもない、小さくか弱い国だったからだ。自前の軍隊もあるにはあったが、焼け石に水だ。無論勇者などいるはずもない。
吹けばたちまち飛んでしまう、枯れ葉のような存在。それが今の自分達だ。
「今はまだ、領土外での散発的な小競り合いで済んでおります。それでも無傷ではすみませんが、なんとか国土侵入を防ぐことは出来ております」
実際は守れたとしても、その魔物による圧力はボディーブローのようにじわじわと、この国の力を着実に削いで行っていた。
「ですが遅かれ早かれ、魔物達による大規模な攻勢が始まることでしょう。もしそうなれば、我が国にそれを受け流すことは出来ません。ただ崩壊を迎えるのみです」
自分達だけでは魔物には勝てない。
その認識は、国王と彼の下で国を動かす首脳陣の間で、寸分違わず共有されていた。当然一般には公表されていなかったが、その日の国営会議に出席した全員が、遠からず自分達は敗北するだろうことを確信していた。事実、軍事担当の男が放ったその不吉極まる発言に対しても、誰も異議を唱えなかった。
「はあ……」
異議の代わりに返ってくるのはため息だけだった。軍事担当のその男もまた、その実情を前に憤慨することはしなかった。周りと同じように嘆息するのみである。
最初から負けるとわかっている、そしてその上で戦っても何も残らないことが確定している勝負ほど、士気の上がらないものは無いのだ。
「王よ。こうなればかねて予定していた通り、あの作戦で行
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