エルフの日記

 二月二日
 我がエルフの村に人間が迷い込んできた。二十代前半の男で、中肉中背。これといって特徴のない、平凡な男だった。
 背中に大きなリュックサックを背負っていたその男は、自らを冒険家と名乗った。ここにエルフの集落があるとは思わず、ここの樹海を進むうちに、全く偶然ここに足を踏み入れてしまったとも語った。
 私としては、この人間はさっさと追い返すべきだと思った。有害ではないだろうが、滞在させたところで大して益も無いだろうからだ。余所者の面倒を見る余裕は、少なくとも私には無い。村を守る衛兵長の仕事だけで手一杯だ。
 しかし村長は違った。村長は会議の場で、あの人間を暫く村に滞在させるべきだと告げた。その理由は明日以降、数日かけて降るであろう雨にあった。
 
「まさに土砂降りの雨と呼ぶにふさわしい大雨が降る。森にとっては恵みの雨ではあるが、疲れた人間にとっては災いでしかない。そんな中に人間を放り込むのは、さすがに気の毒ではないか」

 村長はエルフにしては珍しく、人間に寛容な態度を貫いてきた方だった。それもそのはず、村長には人間の夫がいるからだ。ちなみにその「夫」は村の外まで出稼ぎに行っており、今はこの村にはいなかった。
 
「そういうわけだから、どうだろう。確か空き家があったはずだから、雨が止むまで、彼をそこに滞在させるということにしないか?」
「異議なし」
「右に同じです」

 そしてその「村長の夫」のおかげで、他のエルフも人間に対して排他的な感情を取ることはしなかった。村長の夫と触れ合う――そう、触れ合う£で、エルフたちは皆心が寛容になっていったのだ。故にこの会議の場にいた他の家長たちも、一様にそれを支持した。その後も特に反対意見は出ず、そのまま人間を保護することで決まりとなった。
 私としては正直、面白くなかった。
 
「それじゃあエマ。村を代表して、君が彼を案内しなさい」

 さらにその後、村長が私に向かってそんなことを言ってきた。本当に唐突だったので、当然ながら私は面食らった。
 
「何故私が? 他に適任がいるでしょう」

 私はすぐに反論した。村長は首を横に振って言い返した。
 
「いいや、これは君がするべきことだ。君にしか出来ないことだ」
「なぜそこまで断言できるのです」
「それは君が一番わかっているはずだ」

 村長が断言する。私は何も言い返せなかった。
 図星だったからだ。
 
「君も意地を張ってないで、そろそろパートナーを見つけるべきではないかね?」

 我が子の身を案じるように、村長が言ってきた。
 私は何も言わずに、村長の家を出た。
 そしてとりあえず仕事は済ませた。男に村を紹介し、その後空き家に案内した。
 そこで何を話したのか、正直覚えていない。
 
 
 
 
 二月三日
 朝から大雨だった。村長の懸念は見事的中した。
 狩りに行くことすら躊躇われるほどの、土砂降りの雨だった。
 もっとも、衛兵長である私は率先して狩りに行くようなことはしない。私の仕事は外敵からこの村を守ることだ。
 そう。余所者を蹴散らすことが仕事なのであって、余所者を歓待することが仕事なのではない。
 
「色々助けていただいて、ありがとうございます。本当に助かりました」

 この日私は、例の人間に一日付きっきりであった。迷い込んできた人間をもてなし、彼の警戒心を解くよう、村長から指示を受けたのだ。
 当然不満はあった。というより、不満しかなかった。なぜ私がそんなことをしなければならないのだ。それも私一人で、空き家の中で二人きりの状況で。
 ストレスの溜まる仕事だった。外からひっきりなしに聞こえてくる暴力的な雨音もまた、私の平静をかき乱してきた。耳障りな音を立ててくれるなと何度も思った。
 全てが私の意に反している。本当に腹立たしい。
 
「それにしても、ここってエルフの村なのに、ずいぶんと人間に優しいんですね。何か理由があるんですか?」

 そしてもう一つ不満があった。その冒険家はまさに好奇心が服を着て歩いているような存在であり、何かにつけては私に疑問をぶつけてきたのだ。質問の大半がエルフのことや、この村のことに関するものだった。男の知識欲は底なしだった。
 そんな男からの問いに対して、私がどう答えたのか、正直覚えていない。どうでもよかったからだ。多分一言二言、適当に返答しただけだと思われる。相槌を打って終わっただけかもしれない。
 とにかく、その程度のことしか覚えていない。私にとってそれは、その程度の用件でしか無かったからだ。歓待をしろと言う村長からの言伝さえも、頭の中から掻き消えていた。
 
「そろそろ正午か。ここで待っていろ。食事を持ってくる」

 しかし、そう言ったことだけはハッキリと覚えている。理由は簡単。一時的とは
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