狭い部屋の中に、三人の人間がいた。
三人はそれぞれ「一人」と「二人」に分かれ、両者は堅牢な鉄格子で隔てられていた。天井から伸びた鉄格子の下には机が向かい合わせに組み合わせられており、三人のうちの二人がそこに座って互いの顔を見つめ合っていた。
そして残りの一人は自分の側の出入口であるドアの横に立ち、腕を組んでじっとその二人を見つめていた。かれは筋骨隆々な、やけにラフな格好をした大男だった。腰には反撃用の棍棒を提げ、その目は不逞を許さない鋭い光を放っていた。
「ママ、泣かないで」
そんな中で、鉄格子を挟んで向かい合う二人の「二人組」の側にいた人間が、おもむろに口を開いた。大男は違って痩せぎすで、ところどころ擦り切れた皮の衣服を身に着けた少年だった。まだ声変わり前だからか、少年の声は数オクターブ高いものとなっていた。
「僕は心が貧しかったんだ。だからこういう目に遭ったんだ。どうか同情なんかしないで」
背筋を伸ばし、気丈な態度で少年が答える。彼はそのまま両手を持ち上げ、机の下に隠していたそれを眼前の女性に向けて見せつける。
彼の両手は手錠で繋がれていた。その光沢のない、少年を縛るドス黒い枷を見た女性は、思わず口元に手を当てて眉間に皺を寄せた。言葉は発さず、ただ苦しげで険しげな視線を浮かべていた。立派な聖職者の衣服も、ここでは形無しであった。
鎖で縛られた息子を見て、冷静でいられる母親などいない。
「ママ」
そして女性の姿を見た少年もまた震えていた。心の底から恐怖がこみ上げてくる。それをかみ殺し、全身で平静を保とうと必死で戦っていた。
それでも恐れは震えとなって滲み出てくる。これより少年が味わうことになる恐怖は、到底彼に背負いきれるものではなかった。
「僕は今まで好きなように生きてきた。ママの手を離れて、好きに生きてきたんだ。いいこともあれば悪いこともあった。風はいつだって、自由気ままに吹くものなんだよ」
「時間だ」
恐怖が言語野を侵食する。故に日常では使わない詩的表現が、そのまま口から吐き出されていく。感情を脳内で咀嚼し、無難な形に再構築する暇もない。少年は追い詰められていた。
大男はそんな彼の心情を無視した。男は職務に忠実だった。
「もうすぐ裁判が始まる。準備をするんだ」
「だからママ。僕に何が起こっても気にしないで。僕のことは気にしないで、いつも通りに日々を送ってほしいんだ」
少年は男の催促に従った。従い、席を立ちながら、彼は母親に最後の言葉を投げかけた。
母は何も言わなかった。ただ立ち上がる少年を追うように視線を上げ、彼の姿を目に焼き付けた。
彼女の両目はまっすぐ、少年の胸元に向かっていた。
母の視線に気づいた少年が小さく頷く。男が少年の元まで歩み寄り、静かに彼の腕を取る。
「さ、行こう」
「絶対だよ、ママ」
母に背を向け、ドアを潜って外に出る。ドアが再び閉まるまで、彼は母親の身を案じ続けた。
そして母もまた、息子と男が消えてからゆっくりと立ち上がった。傍聴席で裁判の行方を見届けるためだ。
覚悟は出来ていた。
裁判の場は冷たい熱気に包まれていた。罪人を裁かんとする者。罪人を弁護する者。そのどちらもが、ポーカーフェイスの下に絶対の自信と覚悟を秘めていた。傍聴席にいた聴衆達もまた、この場に満ちる無言の圧迫感を受け一様に口を閉ざしていた。無駄口を叩けばその場で罪を問われるような、そんな空気さえ流れていた。
「被告人をここへ!」
その中で裁判長の声が高らかに響く。それは青ざめた肌を持ち、側頭部から角を生やした女性の声だった。そしてその声に応えるように、会場脇にあるドアが音もなく開かれていく。
やがて開け放たれた観音開きのドアの奥から、今回の「主役」が姿を現す。数分前まで面会室にいたあの少年であった。男に連れられたその少年は、そのまましっかりとした足取りで部屋の中央まで歩いていった。
手錠は既に外されていたが、彼は付き添いの大男に反抗することも、逃げ出す素振りも見せなかった。
「……」
部屋の中心部、そこに据えられた証言台に被告人が立つ。証言台の前と左右には柵が置かれ、そこに立つ者の三方は取り囲まれていた。
彼――少年から見て正面に裁判長と書記が控え、左側に彼を追求する者が、右側に彼を弁護する者がそれぞれ座っていた。どちらも一名ずつであり、そして左の席に座っていた者は裁判長と同じ身体的特徴を備えていた。
「ハァイ♪」
悪魔。魔物。なんでもいい。とにかくそういう輩だ。女の魔物、デーモンと呼ばれる魔物娘がこの場を取り仕切っていた。もちろん人間もいた。右側にいる弁護人は人間であったし、少年の背後にある傍聴席に座っていたのも
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6 7]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想