風邪をひいた。
「三十七度三分か……」
動けない程キツいわけではないが、動き回れるほど健全でも無い。こういう「中途半端」が一番困る。
新川優は脇から離した体温計を見つめながら、しみじみとそう思った。次に彼は傍のテーブルに置いてあったスマートフォンを手に取り、カレンダーを確認する。
今日は土曜日。午前十一時。平日でないのが幸いか。起きたばかりの彼はそう思った。
貴重な休日が潰れるのは癪だが、一日寝て過ごすことにしよう。そうも思った。
「面倒くさいなあ……」
しかし、意識して寝ると言うのは、予想以上に体力を使うのだ。それを知っていた優はそう呟き、スマートフォン片手に寝室に戻っていった。そして襖を開け、寝室に戻り、倒れるようにベッドに寝転がった。
枕に顔を押しつけて目を閉じ、さあ眠ろうと無理矢理神経を落ち着かせようとする。しかし布団の柔らかさが逆に神経を逆撫でし、彼を眠らせまいと妨害する。一度起き上がって布団を被ろうか。気を紛らわせるためにそんなことも考えたが、面倒くさかったので結局やらなかった。
それから思考をシャットダウンして、改めて眠りにつく。しかし精神が逆立ち、思うように眠れないまま苛立ちが募る。そんなイライラに任せて、優が口を開く。
「なんで風邪ひいちゃうかなあ……早く治さないと」
「話は聞かせてもらったわ!」
その時、ベッドの近くにあった窓が勢いよく開かれ、快活な声が聞こえてきた。
優は一瞬びくりとし、そしてすぐに誰が来たのかを理解した。彼はうつ伏せの姿勢のまま首を動かし、窓の方に目をやった。
「ユウ君、風邪をひいたんですって? 安心なさい。この私が看病してあげるわ!」
開け放たれた窓の向こう、ベランダのど真ん中に、青い肌を持った女が腕を組んで仁王立ちしていた。女は何故かピンク色のナースのコスプレをしており、自信満々な表情でこちらを見つめていた。
相変わらずの地獄耳だ。優は仁王立ちする女を見つめてそう思った。そんな優に向けて、青肌の女が続けて言い放つ。
「ふふっ、ユウ君も幸せ者ね。このお節介焼きのデーモンが隣に住んでいて、本当にラッキーだったわね」
「ペイルさん……」
「でももう大丈夫。ユウ君の貞操と健康は、この私が守ってみせるわ。あっ、でも貞操の方は、私が後でいただいちゃうんだけどね♪」
ペイルと呼ばれた魔物娘はそこまで言って、窓を開けっ放しにしたまま愛嬌たっぷりにウインクをする。時期は十一月。寒風が寝室に入り込み、ペイルの声を乗せて優の体を撫でていく。
その風の感触を全身で受けつつ、優は呆れ顔で「お隣さん」を見ながら女に言った。
「あの、ちょっといいですか」
「あら、どうしたのユウ君? 」
ペイルが反応する。軽く咳をしてから優が続けて言う。
「寒いんで、窓閉めてくれませんか」
「あっ、ごめんなさい」
デーモンはすぐに大人しくなった。そしてペイルはいそいそと優の寝室に入り、静かに窓を閉めた。
相変わらず可愛いなあ。優はそんなペイルを見て、ただ困ったように苦笑するばかりだった。
ペイルは優がこのマンションに越してきた時には、既に隣に住んでいた。そして優は不運にも――もしくは幸運にも――この隣に住む独身デーモンに見初められ、それ以降何かにつけては彼女に世話を焼かれていた。
優はデーモンの生態を知っていた。ペイルもまた自身の生態を優に明かしたうえで、彼に契約を持ち掛けてきていた。しかし彼女はそこまでやっておきながら、魔力と魅力で優と肉体関係を結ぼうとはしなかった。彼女は直接コトに及んだりはせず、食事を振舞ったり家事を手伝ったりと言った、いわゆる「搦め手」のみを徹底して行ってきたのだ。
結果、優とペイルが同じマンションに住むようになって一週間経っても、二人の関係は「無駄に仲良しな隣人」の域を越えていなかった。
「なんでそんなことするんですか? 普通にセックスして契約結ばせた方が早くないですか?」
優もそのことを不思議に思っていた。そしてある日、彼はペイルの食事を食べながら彼女に直接問いかけた。
優の部屋で食事を振舞っていたペイルはそれを聞いて、微笑みながら彼に答えた。
「私ね、ポリシーを持ってるの」
「ポリシー?」
「ええ。ポリシーっていうか、自分ルールってやつかしら。自分が本当に好きになった人には魔力を使わないで、自分の魅力だけでオとす。って感じね」
「……変わってますね」
「ええ。他の仲間達からもよく言われるわ。あなた変わってるってね」
しかし、だからと言って、ペイルは同胞から排斥されたりはしなかった。そしてペイルも己のポリシーを曲げようとはせず、今まで生きてきたのであった。
「じゃあ、今僕にこうして接し
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