トランパートがアポピスを無力化してから数分後、ようやくといった形でデュエルが再開された。サイスのフィールドはガラ空き、大してアンのフィールドには上級モンスターが二体並んでいた。
「ふふん。この布陣を崩すのは簡単ではありませんよ」
「油断は禁物です。相手が何をしてくるのかまったくわからないのですから。最後まで気を抜いてはいけませんよ」
そんな彼我の戦力差を見て得意げに笑うアンを、モンスターゾーンに立つ龍が優しく諭す。アンも「それもそうでしたね」とその忠告を素直に受け入れ、顔から笑みを消して隙を無くす。そうして主の改心を見た龍は「その調子でございます」と嬉しそうに微笑み、その後自身もまた気合を入れ直してサイス達に向き直った。
一方、龍の隣にいたアポピスは不貞腐れていた。
「まったく、わらわのエンタメが理解できぬとは。不思議の国の者達も、随分と狭量な連中なのだな」
暗黒を齎すファラオの宿敵が尻尾の先を暇そうに揺らし、面白くなさそうにぶつぶつ文句を呟く。その彼女の首には小さなプラカードが下げられており、そこには『私は女王に無断で暗黒魔界を生み出そうとしました』と子供じみた丸い文字で書かれていた。文末には小さくハートマークも添えられており、これがまたアポピスの気分を害する一因となっていた。
「おまけにこんなものまでぶら下げさせおって。わらわのカリスマが台無しではないか」
「まあまあ。ここはそれだけで済んで良しとしましょうよ」
「まったく……」
それはハートの女王直筆の文章であった。騒ぎを聞きつけ遥々やってきた女王は戒めの意味を込めて、この直筆のプラカードをアポピスの首に掛けたのである。当然アポピスはそれを拒否したが、ハートの女王――魔王の娘の放つ無言の圧力には、さすがの彼女も膝を折るしかなかった。
なお女王はその後、観客席の一角に腰を降ろしてデュエル観戦を始めた。しかし観客が大勢いるのと、ハートの女王自体が小柄であったために、サイスはどこに女王が君臨しているのか把握出来なかった。魔物娘を魔力で判別するといった器用な真似も、当然ながら出来なかった。
「アンよ。こうなったらせめて、このデュエルでわらわを満足させてもらうぞ。マッドハッターならばそれくらい容易いことであろう?」
「もちろんですとも。このターン中にあなたで攻撃することは出来ませんが、次の私のターンになったら大活躍させて差し上げますから」
所変わってアポピス。彼女は前に述べた通り不機嫌であり、それを隠そうともせずにアンに注文した。その態度は子供のワガママめいたものであった。
しかしそんなアポピスに対して、当のアンはさらりと言い返してのけた。実際アンは次の自分のターンで魔法カードを使い、それでもってアポピスの能力を底上げした上で、彼女をフィニッシャーにするつもりでいた。頑張り過ぎて叱られたアポピスを救済してあげようという、彼女なりの計らいである。
「それまで辛抱ですよ。次を凌げば、それで決着ですから」
「それはどうかな?」
そこにサイスが割って入る。勝ちを確信したような物言いをするアンに対し、彼は真っ向からそう言ってのけた。アン達の視線が即座にサイスに向かい、その後三人を代表するようにアンが言葉を投げ返す。
「随分と自信満々ですね」
「ああ。逆転の手はまだ残ってるからな」
「ほう?」
「次の俺のターンにそれを見せてやるよ」
サイスの目は不気味に光っていた。追い込まれてなお勝ちを諦めない者が見せる、ふてぶてしいほど自信に満ちた目だった。
それを見たアンは思わず笑みを浮かべた。次のターン、彼はどんな手段を取って来るのだろう? 彼女は自分が負けることよりも、対戦相手がどうやって今の盤面をひっくり返すのかということに意識を傾けていた。
無論、自分が負けてやるつもりは毛頭なかったが。
「ではそれを見させてもらいましょうか。私はカードを一枚伏せて、ターンエンドです」
龍の背後に一枚伏せカードを出現させつつ、アンがターン終了を宣言する。そして即座にアンがサイスに目線を送る。
さあ、お前の秘策を見せてみろ。マッドハッターからの期待の眼差しを浴びつつ、サイスがカードをドローする。
「ドロー!」
引いたカードを確認。その後それを手札に加え、それ以前に手札に来ていたカードの一枚を静かに引き抜く。
「見せてやる。これが俺の、逆転の一手だ!」
そして指で挟んだそのカードを、勢いよくアンに向かって投げつける。いきなりの暴挙にアンは驚愕したが、すぐに正気に戻って投げられたそれを片手でキャッチする。
「あなた、いったい何を――」
「お前にはそれを召喚してもらうぜ」
マッドハッターからの非難の声を無視して、サイスがそう要求
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