入浴中のところを儀式によって誘拐、もとい召喚されてきた龍は、その後のマッドハッターからの協力要請を二つ返事で承諾した。マッドハッターから貰った服を着て風呂から出た彼女曰く、「不思議の国なら仕方ないですね」とのことである。相変わらずの理屈であったが、サイスはもう突っ込まなかった。彼は既にその展開に慣れてしまっていたからだ。
しかしそんな彼にも、この時慣れなかったことが一つあった。それはマッドハッターのアンからの要請を受け入れた龍の態度だった。首を縦に振った龍はこの時、額に青筋を浮かべていた。浮かべた笑顔からも殺気を滴らせていた。
龍は明らかに「キレて」いた。全身から殺意を漲らせる龍を前にして、サイス――と彼の周りにいた魔物娘は等しく冷や汗を流した。そしてそれをサイスが指摘するよりも早く、龍は怒りのままに行動に移った。
「それはそうとマッドハッターさん。少しそこに正座していただけないでしょうか?」
「えっ? それはいったいどういう意味で……」
「いいから」
「あ、はい」
有無を言わせぬ龍の命令に、マッドハッターが素直に従う。彼女も彼女で顔面蒼白だった。楽天家で快楽主義者のアンはここに来て初めて、自分が正しい意味での龍の逆鱗に触れてしまったことを理解した。
もう手遅れだった。
「私は別に、あなたの発案したゲームそのものを否定するつもりはありません。ですが該当する魔物娘を無差別に、手当たり次第に呼び出していく今のスタイルは、決して褒められたものではありません。自分達の遊びのためだけに、相手の都合を無視して無理矢理ここに呼びだすなど言語道断です」
「はい。まったくごもっともです」
「私のように入浴中だったり、食事中だったり、愛する者との逢瀬を重ねていたりする者を無責任にここに呼びだしたりして、その後の責任をどう取るおつもりなのですか? いくら不思議の国のことと言っても、限度があります。他の魔物娘に協力を要請するのであれば、あなた方ももう少し他の世界の方々の事情を考慮する必要があるのです。私の言いたいことが何かわかりますか?」
「はい。よくわかります。まったく私が軽率でした。これからはもっと慎重に呼び出す人を選びたいと思います。本当に申し訳ありませんでした……」
怒りのままに龍が説教をぶちまけ、それに対してマッドハッターがひたすら頭を下げて謝り倒す。マッドハッターの性質を知っている者――特に観衆として集まっていた不思議の国の住人達からすれば、それは一種異様な姿だった。しかし実際のところ龍の怒りは全くの正論であり、賢いアンもそれを理解していたので、彼女はただそれを受け入れるしかなかったのだ。
また一方で、その龍の説法はサイスが懸念していたことを的確に言い表してもいた。なのでサイスは自分に代わってそれをアンにぶつける龍を見て、溜飲が下がる思いを味わってもいた。ざまあみろと思わないところが無いわけでも無かった。
「あの人、ちょっと怖い……」
「やっぱドラゴン属って怒らせたらまずいんだな」
「敵には回したくないな」
真顔のまま全身から怒りのオーラを放ち、滔々と語り掛ける龍の姿は凄まじく恐ろしいものであったので、手放しで喜ぶことは出来なかったが。サイスは周りの魔物娘共々、戦々恐々としながらその説教を見つめるだけだった。
「……ですがまあ、過ぎてしまったことは仕方ありません。今回は私もちゃんと協力しますから、次からは気を付けるのですよ?」
「はい! 肝に銘じておきます! 本当にありがとうございますっ!」
しかし龍は慈悲深かった。彼女は怒るだけで終わらず、アンの仕組んだゲームに最後までつき合う姿勢を見せた。これにはアンも内心大喜びで、彼女の懐の深さにいたく感激した。
サイスは逆に困惑した。
「あれだけ怒っておいて、ゲームにはちゃっかり参加するのかよ」
「それはそれ、これはこれです。私が怒ったのは、あくまでマッドハッターさんの姿勢です。このゲームそのものを否定したわけではありません」
澄まし顔で龍が言い返す。確かに彼女はこのゲームを否定してはいなかった。前に自らそう告げている。
「それにこんな楽しそうなゲーム、参加しない道理はありませんからね」
続けて龍が笑みを浮かべて言い放つ。心の底から楽しそうな笑顔を見せる彼女からは、既に怒りや殺意といった負の念はすっかり消えて無くなっていた。切り替えの早い御仁である。
まあ、終わったことをあれこれ悩み続けられるよりはずっとマシであるが。
「なんと言うか、あっさりしてますねあの人」
「俺は好きだぞ。ああやってすっぱり気持ちを切り替えられるタイプはな」
人生は楽しんだもの勝ちである。常々そう考えていたサイスにとって、目の前の龍はとても眩しく見えたの
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録