Duel.3「伝説って?」

 事情を聞いたエンジェルはすぐにその場に順応した。不思議の国様様である。
 しかしゲームの役に徹することを承諾した彼女に対してアンが提示した案件は、そんな彼女を大いに困惑させるものであった。
 
「とりあえず何か、施しっぽいポーズとってください」
「え、なんですかそのアバウトな要求は」
「今のあなたはプレイヤーへの施し役として呼ばれたのです。なので施しっぽいことをしてください」
「ええ……」

 あまりにもざっくばらんなお願いに、エンジェルは思わず呆然とした。いきなりそんなこと言われても対応に困る。
 
「施しっぽいポーズってなんですか……でもこうなったら、やるしかないですよね……」
 
 しかし使命は使命。一度やると決めたエンジェルは、そこで腹を括った。そしてサイスに向きなおり、おもむろに両手を胸元に持っていく。
 
「も……っ」

 指を使って胸元でハートマークを作り、視線をサイスの顔を見るよう固定したまま、腰を捻って前かがみの姿勢を取る。
 
「萌え萌え〜、キュン♪」

 そしてとびきりの笑顔を浮かべながら、エンジェルが明るい声で言い放つ。その顔は真っ赤に茹で上がっていた。
 サイスはどう反応していいかわからなかった。他の面々も同様だった。
 重い沈黙が場を支配する。
 
「……」

 空気が冷たくなっていく。からっ風が頬を撫で、静寂をより際立たせる。エンジェルのポーズにどう反応していいのか、誰もわからなかった。
 そしてその沈黙は、エンジェルにとっては拷問だった。この時彼女は、身を八つ裂きにされるほどの激痛を味わっていた。それほどの恥辱が、彼女の心を責め苛んでいた。同情された方がまだマシだ。
 だが現実に彼女を待っていたのは静謐だった。こういう「中途半端なお節介」が一番効く。
 
「……もう殺してくだしゃい……」

 やがてポーズを取ったまま、エンジェルが力なく呟く。顔だけでなく全身が赤く茹で上がっており、体中の汗腺から脂汗がだらだらと流れ始めていた。目元には涙を溜め、そう呟く唇はわなわな震えていた。
 彼女の心は完全にへし折れていた。
 
「あっ、はい! はい終わり! 効果発動してください! もう大丈夫ですので!」
「お、おう! そうだな! 早く効果使わないとな!」

 マッドハッター、本日二度目の狼狽。サイスも同じように慌てふためく。エンジェルは逃げるように墓地に直行し、ジャイアントアントの胸の中でおいおいと泣き始める。いきなり抱きつかれたジャイアントアントもまた、そんな彼女を邪険に扱わず、ただ無言でその細身の体を抱き留めた。
 無音の草原に鳴り響くのは、ただエンジェルの鳴き声のみ。場の空気が一気に気まずい物へと変わっていく。
 
「はい! 次! サイス様、次行きましょう次!」
「お、おう!」

 それを打破するために、アンはゴリ押しを選択した。フォローも何もせず、無理矢理次の行動をサイスに迫った。
 一方のサイスもそれを了承した。あれこれ考えてもこれを解決できる妙案が浮かばないのであれば、いっそ思考を切り替えてしまった方がいい。二人のデュエリストは同時にその結論に辿り着き、それを実行に移したのである。
 そもそもそんな空気にしたのは誰だよ。同じ頃にマンティスはそう思ったが、敢えて口には出さなかった。
 
 
 
 
 ともかく、手札交換は完了した。エンジェルの施しのカードを墓地に送り――エンジェルはまださめざめと泣いていた――選択した二枚のカードも墓地へと送る。そうして新しくなった手札を確認し、サイスが脳内で組み上げたコンボを再確認する。よし、コンボパーツは既に揃っている。
 確認完了。準備万端。あとは行動あるのみだ。
 
「俺は手札から魔法カード、『一寸の虫にも五分の魂』を発動! こいつの効果は、墓地にある昆虫族モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚することが出来る!」

 特殊召喚とは、その名の通り特殊な方法でモンスターを召喚することである。通常召喚と異なり、一ターンに何回でも行うこと出来る。
 
「その代わりこれの効果で蘇生したモンスターは、攻撃力がゼロになり、効果も無効化される。俺はこれを使って、墓地のジャイアントアントをフィールドに呼び戻す!」

 サイスが高らかに宣言する。いきなり名前を呼ばれたジャイアントアントは驚きのあまり目を大きく見開き、そのまままっすぐサイスを見つめた。
 
「あ、あの、なんでしょうか?」
「何って、お前を呼び戻してるんだよ」
「私を、ですか?」
「そうとも。ほら、こっち来なさい」
 
 サイスがそう言いながら、ジャイアントアントを手招きする。そこでジャイアントアントはようやく自分の次に取るべきアクションを理解し、そそくさとフィールドへ舞い戻ってくる。こうして表舞台に帰って
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