死して屍拾うものなし

 騎士ユーリィがその老いた黒竜と出会ったのは、彼が十八の頃だった。まだ魔物が邪悪な怪物の姿をしており、人間に仇なす存在として恐れられていた時のことである。ユーリィが巨大な黒竜と対面したのも、そこに住んでいた王族を追い払って城を占拠し、我が物顔でそこに鎮座する竜を追い払うためであった。
 
「黒竜ゼルフィス! これ以上の狼藉、許すわけにはいかない! 大人しく我が剣の錆となれ!」
「小童風情が、随分と一丁前の口を利くものだな。いいだろう、その根性に免じて、少しだけ相手をしてやろう」

 この時のユーリィは騎士養成学校を首席で卒業し、正式に騎士となったばかりであった。彼はトップクラスの成績で学校を出たという事実から、誰も自分には勝てないと天狗になっていた。パーティを組まず、ゼルフィスに単身戦いを挑んだのも、自分なら一人でも絶対勝てると言う慢心から来るものであった。
 その慢心を、老竜ゼルフィスは粉々にした。玉座の間に鎮座していた黒竜は、寝転がったままユーリィに火の息を噴きかけ、それだけで彼を戦闘不能の体にしたのだ。ユーリィはかろうじて一命は取り留めたが、立つだけでやっとだった。そして一太刀も入れられずに敗北したことに、彼の心は大きなショックを受けた。
 そんなユーリィを、ゼルフィスは鼻で笑った。そして現実に打ちひしがれる若い騎士を見下ろしながら、黒竜ゼルフィスは厳しい口調で言い放った。
 
「若き騎士よ。貴様の実力はそんなものか。拍子抜けだな」
「なんだと!?」
「悔しいと思うのならば、一から己を磨き直し、再びここに来るがよい。私はいつでも待っているぞ」
「言ったな……!」

 ユーリィは情けをかけられた事を屈辱と感じ、ゼルフィスを睨みつけた。そして剣を支え棒代わりにして立ちながら、闘志をむき出しにしてゼルフィスに宣言した。
 
「なら、俺は何度でもお前に挑んでやる! お前を倒せるようになるまで、何回も挑んでやる!」
「そうだ、その意気だ。何度でも来るがいい。私は逃げも隠れもせぬ。何度でも貴様の相手になってやろう」
「望むところだ……首を洗って待っていろよ……!」

 ユーリィは一度負けただけで折れる程、ヤワな心を持っていなかった。彼は黒竜を自身の宿敵と見定め、勝つまで戦い続けることを誓った。
 老練なゼルフィスはそんな彼の意地と執念深さを見抜き、あえて彼を殺さずに挑発したのだった。そしてゼルフィスの目論見通り、ユーリィはよろめきながら城を出ると、さっそく一から自分を鍛え直した。ゼルフィスを倒すために自分を見つめ直し、本気で鍛錬を積んだ。
 そして宣言通り、彼は一か月後に再度ゼルフィスに勝負を挑んだ。この時ゼルフィスには件の王族によって懸賞金がかけられていたが、わざわざ死のリスクを冒してまでドラゴンに喧嘩を売る馬鹿者は、ユーリィ以外にはいなかった。
 
「来てやったぞ、黒竜。今日こそ引導を渡してやる!」
「ハハハッ、本当に来るとはな。だが、それでこそ騎士だ。来い、人間! どこまで強くなったか見せてみろ!」
 
 宿敵を前にユーリィが吠え、ゼルフィスがそれを正面から受け止め心奮わせる。ユーリィが剣を両手で持ち、黒竜めがけて走り出す。
 しかし二回目の挑戦も、ゼルフィスの圧勝だった。ゼルフィスに情けをかけられたおかげで死にはしなかったものの、彼の体は全身ボロボロになった。まさにボロ雑巾である。
 それでもユーリィは諦めなかった。例え体が打ち砕かれようとも、彼の心は折れなかった。
 
「まだだ……! 俺は絶対に、お前を倒してみせる……!」
「いいぞ、その調子だ! どんどんかかってくるがいい! 私を満足させてみせろ!」
 
 彼は二度も自分を返り討ちにした黒竜を、絶対に倒してみせると躍起になった。ただ打倒ゼルフィスのみを求め、ひたすらに鍛錬を積んだ。そしてゼルフィスもまた、その彼の心根を高く買っていた。
 昼も夜も、彼は修業に明け暮れた。やがて同期の騎士達が王都お付きの親衛隊に配属されたり、結婚して一線を退いたりするようになったが、彼だけは変わらなかった。ユーリィはただ黒竜討伐だけに精力を傾け、挑戦と修行を繰り返した。
 やがてそんな彼を、周りは竜に魅入られた変人、あるいは狂人と評するようになった。本人はそれを全く気にせず、ひたすら己の体を苛め抜いた。
 
「ゼルフィス! 今日も来たぞ!」
「来たかユーリィ。さて、今日はどんな戦法で私を楽しませてくれるのだ?」
「ふん。減らず口を聞いてられるのも今の内だ。行くぞ!」
「その意気だ! さあ来いユーリィ! 全力でかかって来るのだ!」
 
 ユーリィとゼルフィスは何年も何十年もかけて、何十回何百回と戦った。その内城を追われた王族達が別の場所に城を建て、黒竜を討伐する必要も無くなったとして、ゼルフィ
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