リリィ・トレロンに勇者の素質があることを認められたのは、彼女が十歳の誕生日を迎えた時のことだった。いつものように母親と二人で教会に礼拝へ行ったその日、偶然そこに立ち寄っていた主神教団の神官団が彼女の存在に気づき、そして彼女を見るなり叫んだのである。
「おお、なんということだ! かような地にこれほどの力を秘めた者が眠っていようとは! その者こそ、まさに勇者となるべき逸材である! 」
この時、主神教団は魔物達との戦いにおいて劣勢に立たされていた。彼らは何としてもこの状況を打破せんと躍起になっており、そしてその反攻作戦の一環として、類稀なる素質を持った者――魔を討つ勇者を世界各地から探し求めていたのである。この教会に訪れていた神官団も、そんな勇者捜索の命を受けてここに来ていたのであった。
一方で、神官団から唐突にそんなことを告げられたリリィは、ただ目を白黒させるだけだった。彼女とその家族は共に教団を信奉していたが、だからと言って魔物娘そのものを憎悪するほど狂信的でも無かった。彼女達が住んでいたこの町もまた教団の庇護下に置かれていたものの、町ぐるみで魔物を根絶しようと団結しているわけでも無かった。
正直言って、教団のピンチなどどうでも良かった。リリィを含む町の住人達にとって、魔物と言う存在はまさに「対岸の火事」でしか無かったのだ。
「あなた様こそ、まさに人の世に光をもたらす救世主。どうか、我々にお力をお貸しいただきたい! 何卒、何卒我らに救いの手を!」
「どうか、お願いします!」
「あなた様のお力を!」
そんなわけで、いきなり目の前まで詰め寄ってそんなことを吐いてくる神官団を、リリィはまず迷惑に感じた。彼らの言う「勇者の素質」だの「救世主」だのという言葉は、彼女の心に全く響かなかった。隣にいた母親も同様で、この母娘は二人揃って神官団に困惑の眼差しを向けていた。
「いきなりそんなこと言われても困ります。それに私、戦うなんて出来ません」
「あなた達が誰かは知りませんが、リリィに変なこと吹き込むのはやめてください。ほらリリィ、行きましょう」
「ま、待ってください。せめて話だけでも――」
それに何より、母親の方は大事な娘を魔物との戦いに巻き込むわけにはいかないとも考えていた。神官団の洗脳じみた勧誘活動に寒気を覚えたのもある。
「いい加減にしてください! 娘を戦争にやれるわけ無いでしょう!? 私達のことは放っておいてください!」
「危急存亡の秋なのです! 我々は是が非でも勇者を手に入れたいのです! こうなったら実力行使で」
「リリィ、帰るわよ! こんな話聞かなくてもいいからね!」
なのでその二人は神官団に背を向け、追いすがる彼らを無視して足早に教会を去っていった。神官団はそれ以上追いかけることもせず、リリィとその母親は二人して安堵のため息を吐いた。
しかし神官団、もとい教団は、リリィを諦めようとはしなかった。彼女とその母親が教会で神官団を振り切ったその翌日、教団の使者を名乗る者達がトレロン一家の住む家を訪れたのだ。
「失礼、リリィ・トレロンのご自宅はここですか?」
「あなたたちは?」
「主神教団からの遣いです。勇者リリィをお迎えに上がりました」
この時、家には一家全員が揃っていた。妹リリィと兄ユーリス、そして二人の両親。時刻は夕暮れ時で、彼ら一家は夕飯の支度を行っていた。
そんな平凡な四人家族の元を訪れた「教団の使者」達五人は、父からの呼びかけにそう答えるや否や、家主の許可も得ずにずかずかと家の中へ入り込んだ。不躾な連中だったが、トレロン一家はそれに関して誰も何も言えなかった。この時やってきた「教団の使者」は全員が鎧と剣で完全武装しており、全身から有無を言わさぬ威圧感を放っていたからである。
「あなた方に取れる選択肢は二つ。勇者リリィをこちらに差し出すか、もしくはそれを断って、神に逆らうかです」
そして案の定、使者達は穏便に話を進めるつもりも、対等の交渉を行うつもりも無かった。彼らはそう言うなり一斉に剣を引き抜き、丸腰のトレロン一家にその鋭い切っ先を突き付けた。
もはやそれは脅迫であった。
「なにを!?」
「我々は質問は受け付けてはおりません。聞きたいのはイエスかノーか、それだけです」
「そんな滅茶苦茶な……!」
「お早く。今この場で返事をいただきたい」
剣を構えたまま、冷たい気配を纏った使者達が一歩詰め寄る。対して父とユーリスは咄嗟に母と妹の前に立ち、自ら壁となって使者達と相対する。前に出た二人の目には恐怖と、それ以上の怒りが灯っていた。
「こんなの、横暴だぞ! 教団なら何でもやっていいと思っているのか!」
額から汗を流しながら、父が真っ向反論する。兄と妹は何も言え
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