配達員の須藤明彦がその家を訪れたのは、ある夏の日、雲一つない青空の上で太陽が燦々と輝く真昼時のことだった。アスファルトが日光に焼かれて蒸し暑さを助長させ、方々から聞こえてくる蝉の鳴き声が一層暑苦しさをかきたてていく。車の中はクーラーが効いていたが、それでも外の蒸し暑さは、窓ガラス越しに容易に伝わってきた。
しかし仕事は仕事。やらねばならない。須藤はしかめっ面を浮かべながらも腹を括った。日々の連勤で心身ともに悲鳴を上げ始めていたが、それでも仕事はやらねばならない。重労働だろうとなんだろうと、金のためにはやらねばならないのだ。
そんなことを考えながら、彼は乗ってきた配送用のバンをその家の近くに停め、一旦外に出てから後ろのドアを開けて荷物を取り出した。それは両手で抱えて持ち運ぶほどの大きさを備えた、中身のぎっしり詰まった段ボール箱だった。
「重いなしかし。それに暑いし……」
体を蝕む重さと暑さに、須藤は思わず悪態をついた。額から汗が流れ落ち、全身の汗腺から汗が噴き出していく。ついでに蓄積されてきた疲れもどっと噴き出し、体が鉛のように重くなっていく。
予想通り、バンの外は灼熱の世界だった。宅配物の重さもまた、彼の感じる暑苦しさを増大させていた。頭上からの太陽光と、足元のアスファルトがまき散らす太陽熱が、共に容赦なく須藤を襲う。まさに蒸し地獄だった。
それでも須藤は溢れ出す汗を拭うこともせず、荷物を抱えたまま家の玄関前まで向かった。本当に地獄みたいな世界だったが、それでも仕事は完遂しなければならない。プロとしての意地が、今の彼を動かしていた。
「安土桃子……さん、ね」
そうして暑苦しさに苛まれながら家の前まで来たところで、須藤は掛けられた表札の名前と、宅配物に貼られた届け先の主の名前を照らし合わせた。表札には「安土」と書かれていた。確認は大事だ。
続けて彼の視線は、表札を真上に飛び越え、その家の全景を映した。そこにあったのは、木造の古びた一軒家だった。人通りの少ない通りに面した小さな家であり、周りにある他の家々とも離れていた。まるで仲間はずれにされたように見えるその家は、どこか場違いな存在感を放っていた。真夏日だというのに、須藤は少し寒気を感じた。
もちろん、それは須藤の思い込み――虫の知らせである。そんな勝手な思い込みで仕事を中断することなどあってはならない。そうして須藤は気持ちを切り替え、目の前の家が真に目的地であることを再確認した後、閉じ切られたドアの横にあるインターホンを押した。
間の抜けた、甲高い電子音がややくぐもった形で聞こえてくる。直後、インターホンから女性の声が聞こえてきた。
「はい、どちらさまでしょうか?」
「すいません。宅配便のものです。こちらに配達物をお届けにあがりました」
頬を伝う汗の感触と喉の渇きを覚えながら、須藤が決まり文句を返す。その声は少しかすれていた。するとすぐさま女性の、ハッとした声が帰って来る。
「まあ、そうなんですか。ありがとうございます。今ドアを開けますから、ちょっと待ってくださいね」
それきり、女性の声は聞こえなくなった。代わりに木拵えのドアの奥からバタバタと駆けてくるような音が聞こえ、それが目の前まで来ると同時に、須藤の眼前でドアが軋んだ音を立てながら開かれていった。
「ごめんなさい。お待たせしました。それがお荷物ですね?」
女性が快活な声を上げる。その姿を見た須藤は一瞬面食らった。なぜならドアを全開放し、須藤の前に堂々と姿を現したその女性は、ぱっと見こそ人間であったものの、よく見てみると明らかに人間ではない特徴を備えていたからだ。
まず体色が青かった。それも深海のように濃い青色だった。さらに腰から下に「脚」はなく、代わりに不規則に蠢く青い肉がロングスカートのように展開され、地面に接地していた。その肉のスカートの表面からはいくつも触手が生え、自我を持つかのようにそれぞれが勝手に動いていた。
そしてそんな青い体のあちこちに黄色く光る小さな球体が埋め込まれ、それらもまた不規則に明滅を繰り返していた――ように須藤の目には見えた。またその全身からは甘酸っぱい匂いが放たれ、須藤の鼻腔を優しくくすぐった。もっともこれは彼女の身体的特徴というよりは、香水の匂いと言うべきだろうか。
そんな怪物然とした存在が、エプロンを身に着けて当たり前のように須藤の前に立っていた。「客」の特徴を聞かされていなかった須藤は、不意を突かれた格好となったのだった。
「確か、代金引換でしたよね? 今お支払いします」
「あ、はい。ついでにハンコもお願いします。サインでも構いませんよ」
「わかりました。じゃあ最初にお金を……」
しかし、須藤がその人外を前にして驚いたの
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