その親魔物領の町では、一人のキューピッドが相談屋を開いていた。それはそのキューピッドが好きでやっていることであり、また魔王の代替わり以降本業が忙しくなったので、開店時間は全くの不定期であった。
主に取り扱っている相談事は――やはりと言うべきか――恋愛関連の相談である。人間同士から魔物と人間、片想いや遠距離恋愛、おおよそ色恋に関することなら、なんでもござれであった。もっとも、そこは逆に言えば恋愛以外の相談は全く受け付けていなかったので、それのみに特化した相談所ともいうべき場所であった。
「さて、今日の悩み人は君か。そんなに緊張しなくてもいい。楽にしてくれ」
そして今日もまた、一人の悩める子羊が彼女のもとを訪れていた。幸運にも彼女と相見えることが出来たその青年は、テーブルを挟んで腰かけるキューピッドを前にしてガチガチに肩肘を張らせていた。キューピッドはそんな青年の緊張を解そうと、いつものようにカップに紅茶を注いでそれを差し出しながら、にこやかに微笑んで言った。
「まずはそれを飲んで、落ち着きなさい。君のペースで話し始めて構わないからね」
「は、はい」
こういう場所に慣れてないのか、青年は言われるがままにカップを手に取り、勢いよく中身を飲み込んでいった。しかしその紅茶は客人が焦るあまり一気飲みしても大丈夫なように、わざとぬるめに調整されていた。だから青年は火傷することもなく、一息にそれを飲み干すことが出来た。
そしてキューピッドは、そんな品位のかけらもない飲み方をした青年を邪険にすることはしなかった。むしろその男らしい豪快さを頼もしげに感じ、快活に笑いながら彼に二杯目を勧めた。
「はははっ、いい飲みっぷりだ。どうだい? もう一杯飲むかい?」
「は、はい。いただきます」
青年が頷く。それを見たキューピッドが手を動かし、白磁のポットを傾ける。空になった青年のカップに再び紅い液体が注がれ、八分目まで注がれたカップを青年が慎重に手に取る。ここに至るまでに大分落ち着きを取り戻したのか、青年はもう一気飲みをしようとはしなかった。
「落ち着いたかな?」
それを肌で感じたキューピッドが問いかける。少しだけ紅茶を飲んだ後、青年が小さく頷く。そしてその反応通り、彼の体からは緊張や怯えが抜け落ち、自然体を取り戻しつつあった。
これでようやく相談が始められる。そう思ったキューピッドは、さっそく本題に入ることにした。
「さて、ではまずあなたが今日ここに来た理由を、簡単にでいいから教えてちょうだい。どんな悩みをお持ちなのかな?」
「はい。実は俺……好きな人がいるんです」
「なるほど」
ほぼ予想通りの回答だ。キューピッドは大して驚かなかった。そもそもここを訪れる者の大半が、人魔問わずそういった悩みを抱えているものだからだ。
しかしここを訪れる者にとって――つまりはその青年にとっては、その悩みは死活問題でもあった。無理もない。誰かを好きになるというのは、甘く喜ばしい反面、恐ろしくもあるものだからだ。
だからこのキューピッドは、こうして相談所を設けていた。自分が放てる矢の数にも限りがある。だからその矢の届かない者達の背中を後押しできるよう、ここで恋の悩みを聞いているのだ。彼女は恋愛に対しては人一倍真摯なのだった。
「それで、ぜひあなたのアドバイスが聞きたくて、ここに来たんです」
「そういうことか。わかった、協力してあげる」
「本当ですか?」
「もちろん。じゃあまずは、あなたが誰に惹かれているのかを教えてほしいんだけど……教えてもらっても平気かな?」
「えっ」
キューピッドからそう問われた青年は、まず一瞬呆気に取られた表情を見せた。それから彼は顔色をすぐにバツの悪いものに変え、気まずそうにキューピッドから視線を逸らした。
「それは、その……」
「言いにくいことなのかな?」
「はい……」
キューピッドからの問いに対し、青年は俯きながら、申し訳なさそうに頷いた。一方でそれを聞いたキューピッドも、それ以上問い詰めようとはしなかった。
相手の情報を出し渋る相談客が来るのは、別にこれが初めてではない。一口に恋愛と言っても色々なものがあり、中には世間から良い目で見られない愛の形というものも――誠に残念ながら――存在しているのだ。ここにはそうした「訳あり」な恋愛に関する悩みを持ち込んでくる者も多かったのである。
「なるほど。そういうことか」
だからこのキューピッドは、相手が惚れた相手の情報を出し渋った時には、それ以上踏み込まないことにしていた。相手のプライバシーを優先することは何より大事だからだ。
「わかった。じゃあそれについては、何も聞かないことにするよ。変なことを聞いてすまない」
「い、いえ、そ
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