このところ、主神教団は負け越していた。局地的な意味でも、大局的な意味でも、彼らは憎き魔物娘に対してなんの勝ち星も挙げることが出来ずにいた。特にレスカティエの陥落は、教団にとっては戦力面と精神面の両方において、途轍もないダメージとなった。
「このままでは、いずれ世界は魔物娘に犯され尽くしてしまうだろう。そうなってはもはや神の威光は地上には届かず、この世はただ暗黒が支配するばかりの、絶望の世界となってしまう。それだけは絶対に避けなければならない」
レスカティエより遥か遠方、一地方の辺境に置かれたその主神教団支部の構成員達もまた、他の教団と同じく警戒心を抱いていた。彼らはこの世界の行く末――正確には、自分達教団の未来を激しく憂いていた。このままではこれまで教団の中で築いてきた地位と富が全て無に帰し、未来は闇に閉ざされてしまう。下賤の民と同じ釜の飯を食うなどまっぴら御免だ。
「それだけはなんとしても阻止しなくては。我ら教団は、絶対に悪に屈してはならないのだ。この世から邪を祓い、正義の光で満たさねばならないのだ!」
そこの支部長は、扇動者としては二流もいいところだった。しかしその程度の演説でも、配下の教団員を勢いづかせるには十分な効力を発揮した。この時、利口な者は全員教団から離れるか、自分から魔物娘の側についていたからだ。
残った面々からすれば、その場限りで自分の心が気持ち良くなれれば、後は何でもよかったのだ。
「そのためにも、まずは戦力の拡充が何より急務だ。しかし教団外の者を無造作に引き込むのはリスクが大きい。このご時世、どこに魔物が潜んでいるかわからないからな。奴らは狡猾だ。人間に成りすまして我々に近づくことくらい、造作もないからな」
しかし支部長は、全くの愚鈍というわけでもなかった。彼はそれなりに頭を働かせ、少しでもリスクを減らしたうえで頭数を揃える必要があると判断していた。そして今この時、彼とその取り巻きは、最もそれに適した手段を取ろうとしていたのだった。
「故に我々は、今こうして召喚の準備を整えているのである。こことは違う世界、異世界より勇者の素質を持った者を呼び出し、我らが教団の尖兵として働かせるのである。そして今回の召喚が成功した暁には、二人目、三人目と続けて適合者を召喚し、戦力を増やしていくのだ!」
支部長が高らかに宣言し、その狭く薄暗い部屋に集まった配下の教団員が声を上げてそれに答える。しかし実際のところは、彼らの行おうとしている召喚術はそれに参加した術者の魔力を食いつくし、再び同じ術を行使するのに一か月はかかるものであった。おまけにその術は彼らの擁する魔術師全員が束になって初めて実行できる代物であり、要するに濫用は出来なかったのだ。
ついでに言うと彼らは、自分達が異世界から勇者を召喚することを教団本部に報告することすらしなかった。これは自ら呼び出した勇者たちを手元に置き、いずれは自分達が教団の頂点に立つことを画策していたからである。彼らにとって目下の敵は魔物ではなく、同じ教団であった。
富と権力に取り憑かれた者達の末路である。
「では、さっそく実行するのだ。ロザリアよ、後は頼んだぞ」
「はい、仰せのままに」
そんなことは露ほども考えることなく、支部長が一団の中に混ざっていた女性に声をかける。ロザリアと呼ばれたその女性は、はこの支部に身を置く魔術師たちの長であり、支部長に忠誠を誓う敬虔な信徒であった。
しなやかな肢体と、煌びやかな金髪と青い瞳を持った、絶世の美女であった。その美しさたるや、彼女とすれ違う者は皆例外なくその美貌に目を奪われ、老若男女問わず通り過ぎていく彼女の姿を見返してしまうほどであった。
「お任せください、支部長様。必ずやご期待に応えてみせますわ」
そしてそのロザリアは、支部長からの要請に応じて恭しく一礼してみせた。首を垂れるその仕草にすら、気品が漂っていた。それからロザリアは自分の周りにいた部下の魔術師達に目配せし、部下達もそれを受けて無言で頷いた。続けて同じローブを身に纏った魔術師達はそそくさと部屋の中央へ向かい、そこで遠巻きに円を作った。
支部長と残りの面々が、魔術師達から距離を取る。その後魔術師達が手で印を結び、一斉に呪文を唱え始める。それに呼応するように、魔術師達によって囲まれた床の上に青白い光が生まれ、その光は独りでに蠢き、円と直線で作られた複雑な魔法陣へと姿を変えていく。
「おお……!」
その青白く光り輝く魔法陣を見た支部長は、思わず感嘆の声を上げた。この輝きこそが、自分達の未来をまばゆく照らしてくれる栄光の光であると、彼は信じて疑わなかった。彼の周りにいた配下たちも支部長と同じように、その魔法陣とそれを取り囲む魔術師達を
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