退魔師・七尾遮那の華麗なる事件簿

 実家を離れてこのマンションに住み込み、一人暮らしを始めてはや二か月。大学二年生の石川義人は頭を痛めていた。つい最近になって、何者かからの視線を感じるようになったのだ。
 それは物陰に隠れた誰かから覗かれるような、ねっとりとした視線だった。そして義人がそれを感じるのは、決まって彼が自分の部屋に一人でいる時だけだった。同じマンションの別の部屋にお邪魔している時や、自分の部屋に誰かを招き入れている時、そして自分が外出している時には、そのような視線は微塵も感じなかった。ただ「自分の借りた部屋に一人でいる時」に限って、彼はその凝視にも似た強い眼差しを感じるのだ。
 当然、義人は一人暮らしであった。誰かとルームシェアをしていることも無ければ、恋人と同棲しているわけでもなかった。この部屋は自分だけの城である。他人の姿などどこを見ても見当たらず、部屋自体も狭かったので隠れられる場所は皆無だった。
 にも関わらず、義人はこの城の中に余所者の気配を感じてならなかったのだ。まだ直接的な被害は受けておらず、ただ視線を感じるのみであったが、それでも義人は恐ろしくてたまらなかった。むしろ何もされず、ただじっと見られるだけというのが、余計に胸中の恐怖を煽ってきたのである。
 
「それ、あれじゃない? 霊とか住み着いてるんじゃないかな?」

 義人からその悩みを聞かされた大学の友人は、真剣な顔でそう答えた。自分と同じマンションに住んでいる、物腰の柔らかい、大人しい印象の男だった。その男は茶化す素振りも見せず、どこまでも真面目くさった顔で彼に言葉を続けた。
 
「今は魔物娘とかいうオカルト全開な人達がうろついてるんだからさ、幽霊がいたって不思議じゃないよ。それにゴーストタイプの魔物娘もいるらしいし、あながち大袈裟な話でもないと思うんだけど」

 魔物娘が日常に溶け込んで、もう何年も経つ。友人はそれを挙げて、義人に幽霊の介入している可能性を大真面目に指摘した。そして義人もまた、その可能性を真剣に考慮し始めた。かつてファンタジーと名指しされていた存在が大手を振って通りを闊歩している今のご時世、今更オカルト要素を鼻で笑うのは阿呆のすることである。
 
「あそこに幽霊が取り憑いてるっていうのか」
「もしくは、元々幽霊の住んでいたところにマンションが建てられて、それに幽霊が不満を持っているとかかも」
「なんでそれで俺が睨まれなきゃいけないんだよ」
「恨みって普通理不尽なもんだよ。恨むのに理由とかいらないんだって」

 友人からの言葉に、義人は頭を抱えた。彼はこの段階で既に、不可視の存在に見つめられているのは自分が悪霊の類に恨みをぶつけられているからだと決め込んでいた。それだけ彼は、今体感している何者かからの視線に恐怖を抱いていた。
 
「でも、対策が無いわけじゃないよ」

 しかしそんな彼に、友人は助け舟を出した。彼はそう切り出してから、こちらに注目してくる義人を見ながら口を開いた。
 
「向こうが幽霊だって言うなら、こっちも幽霊の専門家を呼べばいいんだよ」
「どういうことだよ?」
「陰陽師とか、退魔師とか、とにかくそういう悪霊祓いのプロを呼ぶんだ。それでその人に、石川の部屋の除霊を頼むんだよ」
「除霊か」

 義人はそんな友人のアドバイスに、真剣に耳を傾けた。今はもう藁にも縋りたい気分であったのだ。友人もまたそんな義人に、熱心にアドバイスを続けた。
 
「僕、知り合いにそういう専門家がいるんだ。退魔師っていうかな? なんて言うかわからないけど、心霊関係のトラブルを解決する人だね。もしよかったら紹介しようか?」
「いいのか? ていうか、そいつ信用出来るのか? なんか胡散臭そうなんだけど」
「そこは大丈夫。実力は折り紙付きだから。僕が保証するよ」
「ううん……」

 友人からの提案に、義人は腕を組んで唸った。彼の言う「退魔師」とやらに全幅の信頼を置くことは出来なかったが、この友人は嘘をつくような男でも無かった。同時に義人は、彼がいわゆる悪徳商法に騙されるような愚鈍な男でないことも知っていた。
 そんな彼が薦めてくるのだから、その「退魔師」もきっと信用出来るだろう。それに何より、彼は今自分の置かれていた状況を一秒でも早く解決したかった。そんなわけで、義人は心に疑念を残しながらも、彼の誘いに乗ることにしたのだった。
 
「じゃあ、その専門家呼んでくれるか? 正直言って、結構参ってるんだよ」
「わかった。じゃあこっちで相談してみるから。それまで待ってて」
「ああ、わかった」

 こうして、義人はこの友人の知り合いである「退魔師」を家に招くことになったのだった。
 
 
 
 
 件の「退魔師」が義人の家にやって来たのは、同じ週の日曜日であった。土曜日に友人から電話があり、明日
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