王騎士メルキス 〜貴様は、本当に最低のクズだな!〜

「ご機嫌いかがかしら? 王騎士殿?」

 薄暗く狭い個室の中に、女の声が響く。音も無く室内に入り込んだダークヴァルキリーのヴェルベットが、その部屋の一角にうずくまっていた人影に向かって声を投げかけたのだ。しかし人影はその問いかけに反応せず、声を上げるどころかぴくりとも動こうとしなかった。
 それを見たヴェルベットは、残念がるように肩を落としてため息をついた。
 
「少しくらい反応してくれたっていいじゃない。無粋ね」

 ヴェルベットはそうこぼし、おもむろに手を持ち上げる。そして魔力を抽出し、掌の上に橙色に光る球体を生み出し、それをそっと放り投げる。球体は自らの意志で天井へ昇っていき、そこに吸い付いて光を放ち、薄暗かった個室を明るく照らし出す。光は部屋の全てを白日の下に晒し、そこがベッドとテーブルとクローゼットだけの置かれた質素すぎる部屋であること、そしてそのベッドの上に一人の少年が、膝を抱くようにしてうずくまっていたことを露わにした。
 
「やっぱり。ここにいたのね、メルキス君」

 メルキスと呼ばれた少年は、ヴェルベットから名前を呼ばれて初めて反応した。しかしヴェルベットに向けたその顔は、激しいまでの憎悪に歪んでいた。
 
「この裏切者め。貴様あれだけのことをしておいて、よくも僕の前に姿を現せたな……!」

 メルキスは沸き立つ怒りと憎しみを隠そうともしなかった。ヴェルベットはそれを見て再度ため息をつき、彼に近づきながら「もう諦めなさい」と声をかけた。
 
「あなたの守るべき国はもうない。全ては堕落の底に沈んだ。もうあなた一人が頑張る必要は無いのよ」

 ヴェルベットはそう言って、ベッドの傍にある窓を勢いよく開け放った。直後、鼻を衝くほどの強烈な淫臭と、絶え間なく響き渡る嬌声が窓の外から響き渡った。
 窓の外では、至る所で魔物娘と人間の男が情交を行っていた。中と言わず外と言わず、あちこちから喘ぎ声が響き、誰も彼もが悦びの表情を浮かべていた。そんな彼らの周りを濃密な瘴気が取り囲み、それがまた愛する者同士をより一層発情させ、さらなる愛欲の沼へと沈みこませていた。
 そんなどうしようもなく不潔で卑猥な光景を、ヴェルベットは窓越しにうっとりとした顔で見下ろしていた。そして一通りそれを堪能した後、ヴェルベットは静かに窓を閉じ、再び静寂に包まれた中でメルキスに告げた。
 
「ここはもう、私達魔物娘のもの。これからは肩書にも、役職にも縛られる必要は無い。誰もが平等に、愛を求めることが出来るのよ」
 
 メルキスは何も言わず、怒りの形相を浮かべながら膝を抱く力を強めた。そのメルキスの肩に、踵を返したヴェルベットがそっと手を添えた。
 その懐かしい、暖かい感触に、メルキスは体を強張らせた。その初心な反応を見てクスクス笑いながらヴェルベットが言い放つ。
 
「だからメルキス君。あなたももう意地を張るのは止めて、大人しく堕落の海に沈みましょう。私と一緒に、愛の中に溺れましょう……?」
「黙れ、悪魔の手先め! 貴様の誘惑には乗らないぞ、この、クズめ……!」

 快楽から耐えるかのように、喉から絞り出すようにメルキスが吐き捨てる。罵声を浴びたヴェルベットは一瞬悲しげな表情を浮かべ、しかしすぐに澄まし顔に戻って、彼の顔の真横に自分の顔を寄せた。
 
「強情なのね。でも私は諦めないから」
「なんだと?」
「私は絶対、メルキス君を堕としてみせる。あなたを幸せにしてみせるわ

 そしてそれだけ言って、ヴェルベットはメルキスの頬にキスをした。メルキスは驚き、キスされた頬を押さえながらヴェルベットを睨んだ。しかし既にヴェルベットは彼の元を離れ、唯一の出入口であるドアの前に到達していた。
 
「じゃあ、また明日来るわ。ちゃんと待っていてね」

 そしてなおもこちらを睨んでくるメルキスに向かってそう告げた後、ヴェルベットはドアを開けて部屋の外に出た。
 それからドアが閉まり切るまで、メルキスはそのドアをじっと見つめていた。
 
 
 
 
 翌朝、宣言通りにヴェルベットはメルキスのいる部屋にやって来た。彼女はお盆を手に持ち、そのお盆の上には朝食のパンとサラダと牛乳が載せられていた。
 
「ハァイ、メルキス君。ちゃんと早寝早起きを徹底しているみたいね。お姉さん嬉しいわ♪」

 部屋に入った時、既に起きて着替えを済ませていたメルキスの姿を見て、ヴェルベットは自分のことのように笑みを浮かべた。そして彼女はお盆をテーブルの上に置き、椅子の一つに腰かけた。そしてヴェルベットはおもむろにドアに向かって手をかざし、そのドアに封印術を施した。
 閉め切られたドアに魔法陣が浮かび上がる。そして同じものが窓にも浮かび上がる。その封印の魔法陣は非常に強力なものであり、未熟なメルキスの膂力
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