その日、流浪の剣士ガルディンは敗北した。夕暮れ時に行われた、一対一の真剣勝負。そこで彼は対戦相手に己の剣を弾き飛ばされ、尻餅をついたところで鼻先に剣を突き付けられたのだ。
「私の勝ちだな」
そうしてガルディンの眼前に剣を向けながら、彼の対戦相手であるリザードマンは小さく笑みを浮かべてみせた。勝利を確信した者が見せる、優越感に満ちた笑みだった。
「さてガルディン殿よ、どうする? 負けを認めるか? お前がまだ続けると言うならば、私はいくらでも付き合ってやるぞ?」
リザードマンの魔物娘、エリザが確認するように問いかける。鋭く研ぎ澄まされた眼光と凛々しく引き締まった顔だちを持った、歴戦の勇士と呼ぶに相応しい面構えをした女性であった。実年齢はガルディンより若く、胸もぺたんこだったが、当のエリザはどちらも気に病むことはしなかった。特に胸の平坦さは、戦う上ではむしろ好都合であった。
「無理強いはしない。お前の判断に任せるよ」
そんな高潔なデュエリストは怜悧な表情を僅かに緩め、自分より遥かに年上の男に降参を勧めてきた。二人は戦う前に互いに名乗りあっていたので、互いの名前を既に知っていたのだ。一方で名を呼ばれたガルディンは最初の方こそ肩を強張らせ、その顔に悔しさを滲ませながら、エリザをきっと睨みつけていた。
しかし、やがて彼は観念したように肩の力を抜いた。力なく項垂れ、それまで全身から漲らせていた覇気をあっさりと消し去った。
「……いや、俺の負けだ。これ以上戦う気はない」
ガルディンはあっさりと己の敗北を認めた。剣戟を交わした相手の力量を見抜けない程、彼は愚鈍ではなかった。そして一つの戦いの結果にぐちぐち拘泥するほど、女々しい男でもなかった。何十年も前に世界一の剣士を目指して故郷を飛び出し、それ以来剣一本で世界中を渡り歩いてきたこの男は、非常に潔い性格をしていた。
何百何千とこなしてきた戦いが彼の腕と心を磨き、何千何万と潜り抜けてきた修羅場が彼の精神を気高く鍛え上げていった。その結果出来上がったのが、今のガルディンであった。彼は剣士として、また人間として、大きく成長を遂げていたのだ。
しかしどれだけ高みに登ろうとも、上には上がいるのである。それをガルディンは、今更ながら痛感した。
「まさか、俺よりずっと強い奴がいるなんてなあ」
地べたに座り込んだまま、その髭面の男は力なく呟いた。既に四十代を越えていたガルディンの顔は晴れやかではあったが、やはりと言うべきか、そこにはまた一抹の寂しさや虚しさも含まれていた。どれだけ歳をとろうが、勝負に負ければ悔しいものだ。それが己の全てを懸けた真剣勝負ともなれば尚更である。
そんなガルディンに対し、エリザは剣を鞘に納めながら声をかけた。
「私が勝てたのは、ただのまぐれだ。僅差で勝てたと言ってもいい。お前の太刀筋は見事としか言いようがなかった」
「そこまで褒められたものじゃないと思うが」
「事実だ。人間とは何百回も戦ってきたが、戦っていて恐怖を感じたのはこれが初めてだ。勝てたのが不思議なくらいだよ」
「そうか」
それは単なる同情ではない。真に好敵手と認めた者の健闘を讃える、彼女なりの最大級の賛辞であった。そしてガルディンもまた、エリザのその言葉が決して上っ面だけの空虚なものではないことに気づいていた。魂をぶつけ合った者同士だからこそ、相手の言葉の真の重みに気づけるのである。
閑話休題。それを聞いて顔を上げるガルディンに対し、エリザは静かに手を差し伸べた。
「むしろ私の方こそ、大いに勉強になった。世の中にはお前のような凄い剣士もいるのだな。もし良かったら、また私と戦ってほしい。お前の剣から、もっと色んなことを学びたいんだ」
手を差し出しつつそう言ってきた女剣士の目は、好奇と活力に満ちていた。声も弾み、汗まみれの顔には喜びと達成感がありありと浮かんでいた。今年で十八になると決闘前に明かしてきたリザードマンは、まさに勝ち負け以前に強者との戦いそのものを楽しんでいるようであった。
その姿は若い頃の自分にそっくりだった。ガルディンは無鉄砲でがむしゃらだったかつての自分の姿を思い出し、懐かしさとシンパシーを感じて、無意識に苦笑を漏らした。それを見たエリザが首を傾げると、ガルディンは「なんでもない」と返しながらリザードマンの手を取った。
「俺でよければ、いつでも挑戦を受けてやるよ。俺もお前に負けっ放しなのは気に食わないからな」
ガルディンが力強く言い返す。エリザもそれを聞いて喜色満面になり、大きく頷いて口を開く。
「よし、約束だ。絶対だからな!」
「ああ。約束だからな」
二人の剣士がより強く互いの手を握り合う。心の通じ合った求道者は、共に好敵手
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