この世の全てが想定通りに行くとは限らない。長い人生の中では、必ず大なり小なり「予想外の事態」に直面するものだ。それを防ぐことは誰にも出来ない。そういうものであると開き直るしかない。
むしろ大切なのは、そうした「予想外」に遭遇した後どう動くかである。決して思考を停止してはいけない。今いる状況と持っている知識を最大限利用し、迫りくるピンチに柔軟に対処する事が肝要なのだ。それこそが長生きの秘訣であり、冒険者が成功を収める重要なファクターであった。
ドニー・ゴーツもまた、そうしてピンチを切り抜け、成功を収めた冒険者の一人であった。
客観的に見て、その時ドニーに訪れた「予想外の事態」は、最悪の部類に入るものであった。この時彼は町のギルドから一つの依頼を受け、町はずれにある洞窟の一つにやって来ていた。
依頼内容は魔物娘の退治であった。近頃洞窟に住み着き、時折町にやって来ては畑を荒らしていくオーク達を懲らしめてほしい。そんな内容の依頼である。己の腕に自信を持ち、実際腕の立つ冒険者として名を馳せていたドニーは、それ故最小限の装備――睡眠魔法のエンチャントされたナイフと拘束用のロープ、欲情抑制薬とランタン――だけをバッグに詰め込んで出発した。ギルドに屯する他の冒険者仲間や、門前で彼を見送ったリザードマンの衛兵も、彼の力量と装備を鑑みて何の問題もないと判断した。
ドニーならこの程度の依頼、そんな装備でも十分こなせるだろう。ドニー含む誰もがそう思っていた。
「む? なんだお前は。ここに何か用か?」
しかし、実際に洞窟の中に入ったドニーを待ち受けていたのは、オークでは無かった。
「どうかしたのか、人間? もしかして、私に用があって来たのか?」
褐色の肌と漆黒の翼を持ち、鋭く生え揃った赤い爪と背中から生え伸ばした口付きの触手を備えた魔物娘。
ドラゴン属のジャバウォックが、洞窟内にある岩棚の上に腰を降ろしながらじっとこちらを見つめていたのだ。
「……」
子豚ちゃんがいると思ったらドラゴン様が鎮座なさっていた。
こんなの想定していない。ていうか普通に考えて予想できるわけねえだろこんなの。
ドニーの頭の中は真っ白になった。
そしてそんな感じで呆然と立ち尽くすドニーをじっと見つめながら、そのジャバウォックは首を傾げて言った。
「おい、いったいどうしたというのだ? そうやって突っ立っているだけでは、何もわからんぞ。せめてここに来た理由くらいは教えてほしいのだがな」
「――あ、ああ」
そんなジャバウォックからの追及を受けて、ドニーの頭はようやく再回転を始めた。しかし一秒二秒で妙案など浮かぶはずもなく、結局ドニーはそのジャバウォックに対し、自分がここに来た理由を正直に話すことにした。
「なるほど。畑を荒らしていたオーク共を懲らしめるためか。そのオークならば、先程私が追い払ったぞ。ちょっとばかり強く言ってやったから、当分はここに近づくことも無いだろう」
「追っ払ってくれたのか?」
「ああ。目の前でぐうすか寝息を立てていたのが邪魔だったのでな。出て行けと言ったら、あいつら尻尾を巻いて飛び出していったよ」
「それはいつの話だ?」
「昨晩のことだ」
ドニーから事情を聞いたジャバウォックは、特に自慢するでもなく淡々とそう言い返した。期せずしてドニーの依頼は解決となったわけだが、ドニーの好奇心はまだ収まらなかった。
「なんでドラゴン属のあんたが、こんなところにいるんだ? ここにジャバウォックが住み着いたなんて話、聞いたことも無いぞ」
「それは簡単だ。ここに不思議の国と通じるポータルを開いたからだ。私のそばにある奴がそうだな」
ドニーからの問いかけにそう答えながら、ジャバウォックは自分の近くにあるポータルを親指で指し示した。彼女曰く、適当に座標を設定したらたまたまここに繋がったのだという。
「お前にとってはまさに予想外、というわけだな」
「ああ。まったくだよ」
ますます想定できねえよこんな事態。ドニーは呆れるばかりだったが、この時彼は依頼達成に対する安堵感と予想外すぎる事態に直面した動揺から、あることをすっかり失念していた。
「……しかし腹が減ったな。確かお前の話では、この近くに町があって、畑もあるんだったな?」
ジャバウォックは人並み外れた知性を持っていること。
そしてその高い知性を、もっぱら淫らな方面にのみ傾けていることである。
「どうしようかなあ。新鮮な野菜が食べたいのだが、あいにく金品の類も持ち合わせていないんだよなあ」
そう言いながら、ジャバウォックがドニーを見つめる。
僅かばかり頬を赤く染め、不敵な笑みで得物を見据える。
オークが消えたとわかった時点で、
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