グリフ・ストランドの両親は、共に主神教団に属していた。父はその町に在籍する主神教団直属の騎士団の長であり、母は町にある主神教団の教会で修道女として働いていた。グリフの両親は身も心も教団に捧げており、狂信とまではいかないものの、その敬虔さは他の追随を許さぬほどであった。
「グリフよ。お前も大きくなったら、主神様に忠誠を誓うんだぞ」
「そうよグリフ。この世で唯一正しいのは主神様なの。悪魔の誘惑に耳を貸しちゃ駄目よ?」
それ故に、この両親の教育方針もまた、主神教団の理念に則ったものであった。主神教団こそが正義であり、魔物は押しなべて悪であると、彼らはグリフが幼いころからみっちりと教え込んでいたのだ。
おまけに彼らの暮らしていた町は、主神教団が幅を利かせる典型的な反魔物領の町であった。そのためグリフは家族と外食に出かけたり、母の頼みでおつかいに向かったりするたびに、あちこちで行われている教団員の説法を無意識のうちに脳味噌の中に刻み込んでいったのだった。
「この世界は今、危機に瀕しています! 女の姿をした邪悪な存在が、我々の命を虎視眈々と狙っているのです! 今こそ、我々は神の元に団結し、協力して悪魔と戦わねばならぬのです! 男だけはありません。女性も子供も、全ての人間が神と共に戦うべき時なのです! 世界を穢す魔物に鉄槌を下し、この世界に再び善と光をもたらさねばならぬのです!」
教団が正義だ。魔物は悪だ。町の中ではそんな説法が、あちらこちらでひっきりなしに轟いていた。そんな似たような文言を何回も聞いているうちに、グリフはそれがこの世界の一般的な価値観であると認識するようになったのだ。両親がグリフに外の世界の知識を得ることを固く禁じたのも、彼の価値観の硬直化に拍車をかけていた。
そうした徹底的な英才教育の結果、グリフは十二歳になる頃には、すっかり主神教団の思考に染まり切っていた。将来の夢は父と同じ騎士団に入り、そこで邪悪な悪魔を退治することである。町の学校で行われた「将来の夢の発表会」という場において、恥ずかしげもなくそう言ってのける程であった。
「おお、よく言えたな! それでこそ我が息子だ! 私も鼻が高いぞ!」
「その調子よグリフ! これからも私達と一緒に、主神様と教団に仕えていきましょうね!」
「はい! 僕も父さんや母さんと同じように、主神様に忠誠を誓います!」
グリフの目は輝いていた。主神教団に仕えることを喜びと感じる者の目をしていた。殉教者の目だった。
そしてそんな息子を、両親はとても誇りに思っていた。この子が大きくなって騎士団に入ったら、一緒に悪魔を抹殺しよう。父はグリフにそう約束し、グリフもまた笑顔でその約束を受け入れた。
「任せてください! 僕も父さんに負けないくらい、一匹でも多く悪魔を倒してみせます!」
グリフの宣言に、父と母は揃って笑顔を浮かべた。そして三人は互いをひしと抱き合い、今日もまた主神の加護の元、一日を健やかに暮らせたことを感謝するのであった。
三人一家は、とても幸せであった。
そんなグリフの両親は、一週間に一度、あることを行っていた。それは町の外に出て、違う町に遠出してそこで布教活動を行うというものであった。これは教団の教えを広め、より多くの人間の目を覚まさせるためにこの町が独自に行っていることであった。そして特別信仰心の篤いグリフの両親は、そんな町の考えに同調し、自ら進んでこの活動に従事していたのである。
「じゃあグリフ。私達は行ってくるから、ちゃんと留守番しているんだぞ」
「頼んだわよ、グリフ。お土産買ってきてあげるからね」
そしてこの時、両親は決まってグリフに家の留守を任せていた。彼ら曰く、外は危険なのでまだ幼いグリフを連れていくわけにはいかない、とのことである。そしてグリフもまた、そんな彼らの言い分に素直に従い、家の中でじっとしていたのであった。
「はい! 父さんも母さんも気を付けて! いってらっしゃいませ!」
玄関前でグリフが両親を見送る。父と母はそんなグリフの言葉を笑顔で受け、そして仲良く肩を並べながら彼に背を向け外へと歩き出す。
やがて両親の姿が視界から消えてなくなる。そこまで見送ったグリフは笑顔を消し、そっと家のドアを閉めた。その後彼はいつもの足取りでリビングまで戻り、そこの隅に置かれていた花瓶へとまっすぐ向かった。
花瓶の中には、それぞれ色や形の違う四つの花が活けられていた。その花の一つを、グリフは指で四回つついて揺らした。
呼び出しの合図である。
「やっほー♪」
そうして彼が花を揺らした次の瞬間、リビングの壁の一部が縦に裂け、そこに大きな穴が開けられた。穴の中は漆黒の闇に包まれており、そしてその暗黒
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