深夜、寝つけなかったので外に出てみたら、住処にしている洞窟の入口前をガキが歩いていた。
ボロ布を身に着けただけの、ガリガリにやせ細ったみすぼらしいガキだ。そいつが俺様の住処の前を、とぼとぼ歩いていたのだ。
「おい、待ちなガキ」
「ひっ……!」
俺様が声をかけると、ガキはあからさまに怯えてみせた。その場で立ち止まり、全身を震わせてこちらを上目で見つめてくる。弱者が主人のご機嫌を伺うような、卑屈な態度だった。
その姿が哀れに思えた、違う、その弱弱しい姿が気に入った。俺様のものにしよう。そう思った俺様は、他人に見つかって横取りされると困るので、さっさと背負って家に連れて帰ることにした。
背中におぶろうと体を動かす間も、ガキは抵抗する素振りを見せなかった。俺様の恐ろしさにビビッて声も出ないようだ。いい気味だ。
心が痛んだりはしていない。
ガキを家に連れ帰った後、まずは風呂に入れることにした。臭いがひどく、至る所に血がこびりついていたので、そいつを熱湯で削ぎ落としてやるのだ。ついでに外に出る前に、身なりもまともなものにしておこうと思った。
言っておくが、これは優しさではない。今から俺様のような気高い獣と共に歩む者が、薄汚い格好をしているのが気に食わなかったからだ。それだけなのだ。
「そんな酷い格好してねえで、まずはそれを脱ぎやがれ」
「い、いや、やめてください。見ないでください……!」
そう思った俺様が服を脱がせようとすると、ガキは嫌がって抵抗してきた。こちらが力を入れると、向こうもますます抵抗を強めていった。
俺様は少しカチンときた。たかが人間の膂力で、ヘルハウンドに勝てると思っているのか。現に俺様がほんのちょっと力を入れるだけで、ガキは尻餅をついたきり動かなくなった。
ちょっと肩を押しただけなのに、倒れたガキの顔は恐怖に歪んだ。実にそそられる顔だ。俺様の嗜虐心が喜びに満ちていく。
……別に心にチクっときたりはしていない。本当だ。地獄の番犬ヘルハウンド様は、この程度で心を痛めたりはしないのだ。
「やだ……見ないでください……」
そうして動かなくなったガキの服を剥ぐと、ガキは咄嗟に両手で胸を抱き、背を丸めた。そこまで自分の体を見せたくないというのか。しかしそうして前を隠そうとすると、代わりに背中が丸見えになる。
背中は痣と切り傷だらけだった。何か熱いものを押しつけられたのか、ミミズ腫れのようなものまであった。「転びました」程度でつくような傷じゃないのは明らかだ。
それを見た瞬間、俺様の心に怒りが沸き上がった。ガキの受けた仕打ちに悲しみを覚えたのではない。こいつをこんな目に遭わせていいのは俺様だけなのだ。そう思ったから怒ったにすぎないのだ。
いいからそういうことにしておけ。ヘルハウンド様が人間如きに憐憫の情を抱くわけ無いだろうが。
「ビビるな。俺様はそんなことしねえよ。あとそいつに着替えとけ。そんなボロっちいの、服ですらねえよ」
体を丸めて怯えるガキに替えの服をやりながら、優しく声をかける。これもこいつを油断させて、俺様に甘えさせて隙を作り出すという、高度な作戦に基づく行動だ。ちなみにこの時やった服は、前にここを通りかかった行商人から譲ってもらったものだ。
「い、いいんですか? ぼくなんかが、こんな上等がお洋服……」
「いいから着やがれ。お前はもう俺様のものなんだ。俺様の言う通りにしてりゃいいんだよ」
案の定、ガキはもらった服をおずおずと着ながら、警戒を解いてこちらにゆっくりと顔を向けてきた。
「うわあ、あったかい……ありがとうございます……」
目に涙を溜めたその顔は、明らかに弱り切っていた。
胸が張り裂けそうだった。
「とにかく、まずは風呂に入るぞ。今のお前酷すぎるぜ」
それを誤魔化すために、俺様はわざと強い口調で言い放った。そんな顔すんじゃねえ。こっちまで悲しくなってくる。
「……いいのですか? ぼくごときがお風呂だなんて……」
それに対して、ガキはきょとんとした顔で言ってのけた。この野郎、骨の髄まで奴隷根性が染みついてやがる。
俺様はもう我慢ならなかった。自分の感情を口で言うのも面倒だったので、俺様はそいつを再び背に担いで住処の外に出た。馴染みの風呂場に連れていくためである。
ガキの返事は待たなかった。お前は黙って俺様に従ってればいいんだ。
「どうしてですか? どうしてぼくなんかを」
「うるせえ」
道中、ガキが恐る恐る話しかけてきた。答える義理は無かったので、俺様は足を速めて相手の口を物理的に閉ざすことにした。
その試みは成功した。風の壁にぶち当たり、ガキはすぐに黙った。振り落とされまいと、必死に俺様にしがみ
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