春と坑道

 ダンカンの家にそのコボルドがやって来たのは、今から五年前のこと。彼がまだ六歳の時であった。
 仕事を終えて夕暮れ時に帰ってきた彼の父が、彼女を引き連れて家の中に入ってきたのである。

「この子が今日からウチで住むことになったコボルドだ。よろしく頼むぞ」

 そして父はそう言って、リビングまで連れてきたその魔物娘を家族に紹介した。それから父は隣にいた彼女の肩に手をやり、自分の母と息子に名前を名乗るよう告げた。
 
「さ、自己紹介しなさい」
「は、はいっ」
 
 頷いたコボルドは緊張で震えていた。そして彼女は体を硬くしたまま、若干震える声で己の名を告げた。
 
「私はしゃ、シャウナと申します。この度、こちらのお父様のところで厄介になることになりました。ふつつかものですが、よろしくお願いしますっ」

 シャウナと名乗ったそのコボルドは、そう言って勢いよく頭を下げた。それを見たダンカンとその母は暖かい拍手で応え、父もまた笑って彼女の肩を軽く叩いた。
 その場に満ちる穏やかな空気は、シャウナの緊張を少しずつ解していった。そして肩の力を少しずつ抜いていったシャウナに対し、ダンカンの父はにこやかに告げた。
 
「今日からお前は、俺達の家族の一員だ。ここに来たばかりで慣れないことも多いだろうが、困ったことがあったら俺達に何でも聞くんだぞ」
「そうよ、シャウナ。遠慮しなくていいんだからね。ダンカンも、ちゃんとシャウナに優しくするのよ? 邪険にしたり、いじめたりしたら駄目ですからね?」

 父に続けて母が口を開く。そして母にそう言われた幼いダンカンは、新しい家族に対する見栄から元気よく声を張り上げた。
 
「もちろん任せてよ! ぼくがシャウナの面倒ちゃんと見る! 何があっても、ぼくがシャウナを守るよ!」
「あら、本当? 頼もしいわね。それじゃあシャウナ、何かあったら、まずはダンカンに聞いてみなさい。この子もこう言っていることだし」
「そうだな。ダンカンなら安心だな。シャウナ、そういうわけだから、そんな感じで頼むぞ」

 ダンカンの両親は、そんな彼の宣言を言質として受け取った。二人はシャウナの面倒を体よくダンカンに押しつけ、そしてそう言われたシャウナもまた、その眼を期待に輝かせながらダンカンに言った。
 
「わかりました! それではダンカン様、明日からよろしくお願いしますねっ!」
「うん! ぼくに任せて!」

 シャウナからの全幅の信頼を受け、ダンカンが元気一杯に声を返す。シャウナもまたそれを聞いて安心したのか、ダンカンを見ながら大きく首を縦に振った。
 そんな微笑ましい二人の姿を見て、ダンカンの両親もまた嬉しそうに頬を緩めた。それからシャウナを加えた四人は同じテーブルで夕食を済ませ、そこでダンカンは早速シャウナの面倒をあれこれ見始め、シャウナもまた戸惑いながらも彼の好意を受け入れた。
 
「あの二人、うまくやっていけるみたいね」
「そうみたいだな。これであいつも、少しは寂しさを紛らわせてくれればいいんだが」

 そんな二人を見ながら、両親は小声で言葉を交わした。二人の会話はダンカン達には聞こえなかったが、幼い少年とコボルドはそんな彼らの密談などお構いなしに二人だけの世界に没頭していた。
 
 
 
 
 ダンカンには友人がいなかった。鉱山で働いている彼の父は仕事中の事故で片目を潰しており、そのことを冗談半分でからかってくるクラスメイト達に本気で激昂して以来、彼は学校の中で浮いた存在として扱われていた。同級生たちは単にじゃれ合うつもりで言ったのだが、ダンカンはどんな理由であれ自分の父が侮辱されるのが許せなかったのだ。しかしそんな生真面目な彼の態度が、周囲の不興を買う結果になった。
 それ以降、彼は孤立した。直接いじめられていたわけではない――幼いころから父の仕事を手伝っていた彼は平均以上の筋肉を身につけていたので、誰も彼に逆らおうとしなかった――が、代わりに彼は意識して避けられていた。何をするにも一人であったが、ダンカン本人はそのことで悩んだりせず、前向きに日々を生きていた。
 だが彼の両親は、ダンカンにいらぬ気苦労を負わせていることに強い自責の念を感じていた。どうにかして彼に友人を作らせてやりたい。かといって、ここを離れて別の町に移るだけの金銭的余裕もない。半ば手詰まりの状況に、日々悶々としていた。
 ダンカンの父がシャウナを見つけたのは、そんな時だった。シャウナは魔物娘の本能に従って人間の「御主人様」を探してこの町まで来ており、そして彼女がコボルドの本能から鉱山の入口まで来たとき、仕事を終えて帰ろうとしていた父とばったり出くわしたのだ。
 
「じゃあぼくがこの坑道を案内するから、シャウナはぼくの後について来てね」
「わかりました。でもダンカン
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