其の零/女三人寄れば姦しい

「ここがあの男の『はうす』ね」

 草木も眠る丑三つ刻。三日月の浮かぶ夜空の下で、一人の女が舌なめずりした。その女は頭からふさふさの耳を生やし、四肢には茶色の体毛を生え揃え、腰辺りから二又の尻尾を生やしていた。
 ネコマタと呼ばれる魔物娘である。小柄な彼女は草むらに隠れながら、目の前に見える木拵えの一軒家をじっと見つめていた。中ではまだ灯りがついており、換気用につけられた木枠越しに、室内の光が外に漏れ出ていた。
 
「にゃにゃにゃ。あいつはまだ起きてるみたいにゃね。これは好都合にゃ」
 
 家主はまだ起きているようだ。ネコマタの楓はそれを確認し、金色の目を怪しく光らせた。口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべて呟く。
 
「覚悟するがいいにゃ、この楓様の魅力で、お前をメロメロにしてやるにゃ」

 楓の狙いは、あの家の主だった。家主の男が未婚であり、今も一人で生活していることを楓は知っていた。事前の情報収集はバッチリだ。
 つまりは格好の的である。楓は今日、家主に夜這いを仕掛ける気でいた。あの男と「いちゃらぶせっくす」をして自分の虜にし、結婚するためである。
 
「さあ、善は急げにゃ。さっそくお邪魔するにゃ!」

 作戦開始。逸る気持ちを抑えながら、楓が意を決して立ち上がる。草むらが揺れ、ネコマタの上半身が外気に露出する。
 しかし楓が飛び出したその瞬間、彼女の両隣にあった草むらが同じように揺れ動いた。
 
「にゃ?」

 それに気づいた楓が左右に目をやる。右手側には魔物娘のアオオニが、左手側には同じく魔物娘のクノイチが、自分と同じく草むらの中から上半身を露わにしていた。
 
「うん?」
「あら」

 クノイチとアオオニもまた、自分以外の二人の存在に気が付く。それから三人はそれぞれ相手を見やり、共に驚き唖然とした表情を浮かべた。
 そして互いが互いの存在を認識した瞬間、三人の魔物娘は揃って渋い顔をした。
 
「これは……面倒なことになったな」
「うそ、えっ? 私だけじゃないの?」
「マジかにゃ……」
 
 目を合わせた時点で、彼女達は相手が何故ここにいるのかを悟ったのだ。理屈ではない。魔物娘の直感が、彼女達に天啓をもたらしたのだ。そもそもこうして草むらに隠れて仲良く機会をうかがっていた時点で、相手の動機は丸わかりであった。
 夜這いだ。三人はほぼ同じタイミングで、互いの行動目的を察した。同時に三人の間に対抗意識が芽生え始め、場の空気が徐々に険悪なものへと変わっていく。
 
「そこの二人はなんでここにいるにゃ? 悪いけど私はちょっと忙しいにゃ。構わないでほしいのにゃ」

 二人を牽制するように、楓が口火を切る。三人の中で一番背の低かった彼女は、なるべく相手に甘く見られないよう、無い胸を張って威張るように言葉を放った。
 あいつの童貞を一番にもらうのは私だ。ライバル心を燃やした楓は目を爛々と輝かせ、好敵手である二人を視線で威嚇した。
 
「それは奇遇ですね。私の方も、今日は少し用事があってここまで来たんですよ」

 それに対して、張り合うようにアオオニが言い返す。青い肌に虎柄の肌着を身に着け、頭から角を生やして眼鏡をかけたその魔物娘は、豊満な胸を持ち上げ強調するように腕を組み、片足に重心を乗せながら楓に言った。
 
「出来るのであれば、そちらも私の邪魔をしないでほしいのですが。これは是非とも一人でやりたいことですので」
「それは我も同じことだ。この任務、我一人で成し遂げてこそ意味がある」

 負けじとクノイチが口を開く。しなやかな肢体の上から紫の忍装束を纏い、口元を布で覆った長身の美女が、腰に手を当てて言葉を続ける。
 
「申し訳ないが、そなた達にはお帰り願いたい。これは我の仕事。彼の者と交わるが我が使命。余計な手出しは無用に願う」

 そこをどけ。最初に彼と一つになるべきは我なのだ。クノイチが切れ長の瞳を鋭く細めて目で告げる。

「手出し無用はこちらの台詞です。あの人には借りがあります。人間に借りを作ったままというのは、オニの誇りが許さないのです」

 あの人の初めてをもらうのは私なの。誰であろうと邪魔はさせない。アオオニが眉間に皺を刻み、二人の恋敵に覚悟と怒りをぶつける。
 
「させないにゃ。あいつは私の獲物にゃ。どっちにも手出しはさせないにゃ!」

 ふざけんな! お前ら人の獲物を横取りすんな! ネコマタの楓がぷんすこ怒り顔を見せながら、自分よりも長身な二人の魔物娘を睨みつける。
 
「邪魔すんにゃ! あいつの一番は私なのにゃ!」
「笑止! 我が一番に決まっている!」
「何言ってるの! 私があの人の一番なんです!」
「ぐぬぬぬぬ……!」


 三人とも引く気は無かった。揃ってしかめっ面を浮かべ、歯を食いしばって互いの顔を睨み合う
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