彼がオカルトに興味を持ったことについて、特に深い理由はない。素行は良く、成績も並、人間関係で致命的な問題も抱えていない。派手に目立つ部類ではないが、問題児としてマークされることも無い、凡百の人であった。
強いて理由を挙げるとするならば、まさにその部分だろうか。彼は己と同じく日々が平凡である故に、刺激を求めたのだ。
他人に迷惑をかけず、程よく非日常を味わえる趣味。その条件で求めた結果、そこに行きついたのだろう。
「そんな感じかな」
「言われてもわかんないよ」
もっとも、それは推測である。当の本人にさえ、何故スピリチュアルの沼に嵌り始めたのかわからなかったからだ。
この場において動機の追求に意味はない。今大事なのは、彼が現在進行形でオカルト趣味を満喫していることである。
「本当に、気づいたらやってたって感じなんだから」
「ほへー」
とは言っても、生命を捧げる勢いで嵌っているわけではない。あくまで浅瀬で、人生の余暇を埋めるためにしている程度だ。これは彼自身の芯の強さもあるが、加えて彼の「同伴者」の存在も大きかった。
「別にそれでも問題ないだろ」
「ないねー。私もあなたが無事ならそれでいいし」
金曜日。放課後。都内の公立高校。
クラスメイトは部活に行き、またはさっさと帰宅した。
今その教室にいるのは、彼とその同伴者だけだった。
その同伴者が、彼の隣から離れて宙に浮く。脚は見えず、ワンピースを身に着けたその身体は夕日を浴びて透けていた。
「それよりさ、そろそろ始めようよ。待ちくたびれちゃった」
自称・地縛霊のガヤ。種族で言えばゴースト。
教室でスピり始めた彼に興味を持って現れた幽霊であり、ブレーキ役である。
「……そうだな、そろそろやるか」
「ウヒョー!」
そして彼女もオカルト的なブツに目がなかった。
ガヤの出自を彼は知らなかった。教室でスピリチュアルしようとした直後、前触れもなく現れたのだ。
どこから来たのか、何度か聞いたこともある。だがその度に、ガヤにはぐらかされて終わった。そして四回目の問いかけを袖にされたところで、彼の方から折れる結果に終わった。
暖簾に腕押しである。
「で? 今日は何すんの?」
「いくつか持ってきたけど」
食いつくガヤの方を向き、頷いて答える
「まずはこれ」
彼がバッグから取り出したのは、カードの束を収めた半透明のケースだった。蓋を開け、中身を取り出し、それを机の上に置く。
「タロットカードだね」
「うん」
ガヤが即反応する。机の上に置かれたタロットの束は、絵柄の方を上にして置かれていた。
「ライダー版だね」
そのイラストを見たガヤがまたも反応する。ライダー版とは、タロットカードの中でもっともポピュラーな代物である。
彼は見栄を張ったり冒険をしたりしない、堅実な男だった。
「こういうのは普通のやつが一番いいんだよ」
「わかりやすいもんね」
「シンプルだしね」
二人言葉を交わしつつ、彼がカードをシャッフルする。まず自前の除菌用ウェットティッシュで手を清潔にし、大アルカナ二十二枚のみを混ぜ、程よく切ったところで手を止める。
「今日はどんなスタイルで?」
「スリースプレッド」
基本形の一つだ。様々なやり方があるが、彼は一束にしたカードの山から三枚引くスタイルを好んで使っている。
ここで三枚のカードが指し示すのは、それぞれ過去、現在、未来。このタイプもスタンダードだ。
「七枚目から?」
「そう。七枚目」
「いつも通りね」
一個の山から三枚引く場合、上から数枚取り除いてから引いていく場合が多い。無論他にもやり方はあるが、彼はここでも「よくある」やり方に忠実に従った。
堅実、もしくは面白味の無いやり方だ。
「じゃあせっかくだから、ここは私が占ってあげる」
そこでイレギュラーが起きる。カードの山に手を添えながら、ガヤが唐突にそんなことを言う。彼は一瞬驚いたが、すぐに気を持ち直してそれを肯定した。
「なら頼む」
「あいあーい」
ガヤが軽い返事で返す。この幽霊は基本的に軽い。そしてガヤが音もなく着地し、机を挟んで彼の向かい側に陣取る。
「じゃあまず一枚目。過去」
「おい待て、まだ質問してないぞ」
彼の反論を無視してガヤが上から六枚取り除き、七枚目を引く。タロット占いとして見た場合、これはいけない。
ガヤは気にしない。
「過去はこれだね」
どこ吹く風のガヤが絵柄を表にして置く。
愚者の正位置。
「あなたは、私と出会うためにここに来たでしょう」
「え?」
「このタロットからはそう読み取れるね」
ガヤが自信満々に言い放つ。彼は何か言おうとしたが、ガヤの方
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