クリスマス。特に何もしない。ケーキは食べた。
年末年始。特に何もしない。蕎麦は食べた。
三が日。特に何もしない。餅は食べた。
総評。食べる事しかしていない。
「本当に何もしないで終わったな……」
これまでを振り返り、三瓶敏郎が呆けた声で呟く。今は新年を祝う、一年に一度の大事な時期。その時に何もせず、ただご飯だけ食べて家でぐうたら過ごすのは、あまりのも勿体ない過ごし方ではないのか。敏郎の中に残る人間らしい理性が、か細い声でそう告げてくる。
外出。旅行。デート。今ならではの体験、今でしか味わえないこともあるはずだ。そう言って、敏郎の心が非生産的な生活に警鐘を鳴らす。
「そろそろ連休終わるし、やっぱり一回くらいはそういうことしてもいいんじゃないかって思うんだよ」
警告に従い、敏郎が隣に声をかける。ツインサイズのベッドの上、彼の横で同じように身を横たえる女性は、その敏郎の声に反応して口を開いた。
「んー、やだ」
断固たる拒否だった。口調こそ柔らかかったが、そこには明確な「ノー」が込められていた。
「今年はねー、なんかそういう気分じゃないの。どこにも行かないで、ずーっとトシローと一緒にいたいの」
続けて女性が言う。言いながら敏郎に身を寄せ、彼の身体を両手で抱きしめる。
黒い毛で覆われた両手。太く短い指の先からは、鋭い爪が伸びている。しかしそのどれも敏郎を傷つけることはなく、むしろ件の体毛と掌の肉球が敏郎の身体を包み込むことで、彼の心身に得も言われぬ暖かさと心地良さをもたらしていた。
「本当にそれでいいのか?」
恋人からの優しい抱擁にリラックスしつつ、敏郎が確認するように女性に問う。対する女性は腕と同じように黒い体毛に包まれた両足を敏郎の脚に絡ませ、より体を密着させつつ彼の顔の至近で答える。
「うん。ミィミィはそれでいい」
人間離れした特質を持った女性が、一人称に自分の名前を使いつつ答える。女性――魔物娘のミィミィは続けて、敏郎の胸板に顔を置き、彼の心音をパジャマ越しに聞きながら彼に言った。
「今年の新年ミィミィはー、充電モードなの」
「本当に何もしないで過ごすのか」
「うん。トシローとぬくぬく、仕事始めまでぬくぬく。素敵でしょ?」
「……まあ、それはそれで良さそうだけど」
「でしょー?」
「ちなみに、どうしてそういうことしたくなったのか、何か理由とかあるのか?」
「ないよー?」
ミィミィが即答する。後ろめたさの無い、快活な返答だった。
敏郎は小さく苦笑いするだけだった。彼女のその気まぐれさと明るさに彼は惚れたのだ。慣れるどころか、それを見るほどますます好きになっていく。
「可愛い奴だなお前は」
「えへへー」
褒められたミィミィが満面の笑みを浮かべる。ちょっと間の抜けた、おばかっぽい表情。
それがたまらない。可愛すぎる。敏郎はこのレンシュンマオのミィミィに出会えたことが、自分の人生の中で最も素晴らしい出来事であるとハッキリ実感していた。
「それよりトシロー。今何時ー?」
幸せをかみしめる敏郎にミィミィが尋ねる。敏郎は意識をすぐ表に引き戻し、枕元に置いてある時計を手に取って現在時刻を確認した。
「午前……八時だな」
ちょうどいい時間だ。普段なら、これ以上寝ぼけるのは怠惰であると判定される。
普段であれば。
「じゃあまだ寝れるねー」
ミィミィがそう言って、さらに敏郎に密着する。たわわに実った大振りの胸が、むにゅんと形を変えて敏郎の腕に吸い付く。その柔らかさとミィミィの体温、そして彼女の口から漏れる吐息が、敏郎の一般的感性への関心をゴリゴリ削っていく。
「トシロートシロー。今日は一緒にだらだらする日だよー?」
ほぼゼロ距離からミィミィが声をかける。大好きな女の人が、女の部分を押し当てつつ、耳元で甘い言葉を投げる。密着した身体から大好きな人の甘い匂いが放たれ、男の鼻腔をいいようにくすぐる。
耐えられるはずもない。
「……しょうがないな」
肩の力を抜きつつ敏郎が言う。言いながら自身も腕を動かし、横にいるミィミィの身体を抱き締め返す。
「そんな風に言われて、断れるわけないだろ」
欲望が論理に勝った瞬間だった。少なくともこの年末年始、敏郎の論理的思考は我欲に負けっ放しだった。
一方のミィミィは、そんな敏郎の「敗北宣言」を目の当たりにして、顔面に溢れんばかりの笑みを湛えた。
「やったー!」
そのまま感情を爆発させる。大声で喜び、子猫がじゃれつくように自身の顔を敏郎の胸にぐりぐりと押し当てる。
「それじゃあこのまま、二度寝タイムだね!」
甘える動きをしながら、甘える声でミィミィが言う。パンダとい
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