朝。
地平線から陽が上る。
太陽の光が窓から差し込み、薄暗い部屋を明るく照らし出す。光量と共に室温も上がり、そこに住まう者を冷たい静謐の世界から揺り起こしていく。
そんな朝が来た。あっという間に一日の始まりだ。時の経つのは速いものだ。
ベッドの上で仰向けになりながら、男はそんなことを考えた。
「……」
無言で天井を見つめる。陽光で体が暖まり、弛んだ思考が引き締まっていくのを感じる。
肉体と精神が覚醒に向かっていく。全身を巡る血液の流れが活発になり、早く起きろと動物的本能が吠える。
「起きているか?」
横から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。視線をそちらに向けると、うつ伏せになったデオノーラの姿が視界に入る。
デオノーラは顔を横に回し、こちらをじっと見つめている。そんな彼女と視線がぶつかる。少し待って、揃って微笑み、挨拶を交わす。
「おはようございます、デオノーラ様」
「ああ、おはよう。と言っても、寝てはいないんだがな」
「すみません。習慣みたいなものでして」
「謝らなくてよい。気分を害したわけでは無いのだ」
全裸のデオノーラが全裸の男に告げる。徹夜で交わり続けた二人が、少し黙って見つめ合う。
「おはよう」
やがてデオノーラが声をかける。今度は男がそれに返す。
「おはようございます」
「……ふふ」
シーツに顔を埋めて、デオノーラが笑い声をこぼす。男が「どうかしましたか?」と問い、顔を埋めたままデオノーラが答える。
「いや、こんな形で異性と挨拶をするのは初めてでな……」
「こんな形?」
「……鈍感め、察しよ。それともあれか? 私が男ならば誰とでもこうする尻軽と思っているのか」
「あっ」
女王の言いたいことを理解した男の顔が真っ赤になる。そして昨夜のことを今更思い出し、咄嗟に視線を逸らす男に、デオノーラがため息交じりに言う。
「酷い奴だ。あんなに愛し合ったというのに。これでは貴様を嫌いになってしまうかもしれんな」
「そ、そんな……!」
「冗談だ」
狼狽える男をデオノーラが一刀に伏す。きっぱり言われた男が、視線をデオノーラに戻す。
視界の先にいるデオノーラは微笑んでいた。いたずらっ子が浮かべるような、意地の悪い笑みだった。
弄ばれていると感じた男が、ほんの僅か顔をしかめた。それを見たデオノーラが小さく笑い、申し訳なさそうに言った。
「すまぬ。少々からかってみたくなったのだ。貴様こういうことには免疫がなさそうだったからな」
「もう、ずるいですよデオノーラ様」
「わかっている。本当にすまぬことをした」
だから。
デオノーラが不意に顔を近づける。
何事かと思う男の唇に、デオノーラの唇が重なる。
「――!」
「ん……」
互いのそれを軽く触れ合わせるだけの、児戯のようなキス。だが不意打ちも相まって、破壊力は抜群だった。
男が驚きに目を見開く。デオノーラは身じろぎもせず、一心にフレンチキスを続ける。
「……ぷはっ」
数秒後、デオノーラが顔を離す。舌も唾液も交わさないが故に、両者の唇は乾いたままだった。
そんなかさついた自分の唇に指先を添え、デオノーラが恥ずかしげに言う。
「だ、だから、これで許してほしい……」
「……」
「だめ、か?」
慣れないことをして、デオノーラの顔は真っ赤だった。恥のあまり相手の顔を直視できず、上目遣いで男を見やる。
あざとい。それはずるい。
「ずるいですよ、デオノーラ様……」
悔しそうに男が呟く。こんなの勝てるわけが無い。
結局男は、デオノーラのお茶目を許した。
そんな可愛い姿を見せられたら、許すしかないではないか。
そんなこんなを経て、二人はベッドから降りた。全裸のままなのは言うまでもない。
この時ベッドシーツは二人の水分でぐしゃぐしゃに濡れており、それを見た男は申し訳ない事をしたと少し反省した。
「気に病むことはない。元よりここはそういう場所なのだ」
すかさずデオノーラがフォローに入る。男は彼女の言葉を聞き、すぐにここが「普通の宿」ではないことを思い出した。
「どうした? 私との情事に夢中になって、他のことが全て頭から抜け落ちたか?」
再びデオノーラが茶々を入れる。しかしそれは事実なので、真っ向から否定することは出来なかった。
「そ、その通りです……」
男は素直に肯定した。直後、デオノーラの動きが止まる。
想定外の反撃に、今度は彼女が羞恥する番だった。
「そ、そうか」
やがてデオノーラが言葉を絞り出す。少しして、デオノーラが男に尋ねる。
「その……私との性交は……そんなに良かったか……?」
「……」
男は無言で首を縦に振った。
デオノ
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