竜の寝床横丁とは、竜翼通りの路地裏を通った先にある、ドラゴニアのもう一つの顔である。竜翼通りが観光や行楽をメインとしているのに対し、こちらはよりディープな領域――言ってしまえば男女の交わりをメインとしていた。
当然、居並ぶ店の類も相応に淫猥なものになる。恋人が一夜を過ごす宿、性交に関する魔法道具を取り扱う店、気持ちを昂らせる酒類を取り扱うバー、その他諸々のいかがわしい店や品。そういったとても表には出せないような連中が、ここでは堂々と並び立っていた。
そんなドラゴニアの裏の世界の中心部に、その店はあった。魔界バー「月明かり」。ワームの姉妹が切り盛りする、横丁でも名の知れたスポットである。夕暮れ時、竜泉郷を離れたデオノーラと男は、この著名な酒場に足を運んでいた。
「貴様のどんなところが好きになった、か」
男性観光客と新人ガイドがカウンター席に並んで座り、最初の一杯を嗜みつつ、会話に花を咲かせる。それ自体はよくある光景である。観光ガイドが夜のお楽しみとしてこの店に観光客を連れてくるのも、よくある光景である。
ガイドがドラゴニア現女王であることを除けば、実によくある光景である。
「そうだな……強いて言うならば……」
そんな女王ガイドは今、自分の受け持った観光客である男の顔をじっと見つめ、つい先程その男の放った質問に対し真剣に考えていた。男もそんなデオノーラの視線から逃げ出さず、彼女の瞳を正面から見つめ返していた。
この時男の顔が赤かったのは、アルコールのせいだけではなかった。
「貴様が優しいからだな」
そうしてじっくり考えた後、デオノーラが目を逸らしつつそう答える。素朴な回答に、男は思わず目を丸くした。
「……そんなもんですか?」
「ああ。そうだ」
「他に理由は?」
「もっと考えれば出るかもしれんが、咄嗟に思いつくのはやはりこれだな」
貴様から優しいから。念を押すように、再び男に告げる。男はリアクションに困り、逡巡した挙句酒に逃げた。一杯目を勢いよく呷り、風情も無く一気飲みしてカクテルグラスを空にする。
アルコールが全身を駆け巡る。心臓の鼓動が速くなる。飲み終えた後で、一気飲みはするもんじゃないと男は後悔した。
「どうしてそうだと思ったんですか?」
ふわふわする頭を必死に働かせて、男が問う。デオノーラは彼に続いて最初のグラスを空にしてから、悠然とそれに答えた。
「一目見てピンときた。女王の直感というやつだ。そして貴様と共に歩く中で、直感は確信に変わった」
「そんな理由で……?」
「こういうのは見ればわかるのだ。仮にも私は女王だぞ」
貴様より何十年も長生きしてきたのだ。デオノーラが胸を張って言ってのける。もはや女王であることを隠そうともしない。男は乾いた笑いをあげるだけだった。
そこにバーテンダーが二杯目のグラスを二人に差し出す。揃って礼を述べ、同じタイミングでグラスを傾ける。鼻をつく香りと共に液体が喉を滑り、焼けるような感覚と高揚感を容赦なく提供する。
「貴様はまだ理解出来ぬかもしれんが」
そうして酒の味わいを堪能した後、グラスを置いてデオノーラが喋り出す。
「魔物娘とはそういうものなのだ。我々にウソは通用しない」
「そんなことって」
「その通りよ」
言われてなお釈然としない男に、別方向から援護が飛ぶ。月明かりを営むワーム姉妹の姉、サーナの言である。彼女はデオノーラの側につき、女王の言葉を補足するように口を開いた。
「魔物娘はそういったものに敏感なの。ウソとか、体調とか。あとはいつセックスしたいとか、いつ子供が欲しいとか、そういう欲望にも鋭く反応するのよ」
「セックス関係にも反応するんですか?」
「もちろん。むしろそちらがメインと言ってもいいわ。ちなみに私の欲望センサーによると、デオノーラ様、今すっごくあなたとセックスしたがってるわよ」
「……ん?」
ただしサーナの援護攻撃はデオノーラにも飛び火した。同志から不意打ちを食らい、初心な女王は目を丸くした。
「サーナ? 貴様何を言っている? 今凄い不埒な発言が聞こえたような気がしたが?」
「あら失敬。余計なお節介でしたでしょうか?」
問われたサーナが首をかしげる。表情はにこやかだったが、どこか愉悦に浸っているようにも見える。これはデオノーラの反応を見て楽しんでいるな、そう男は直感した。
男の直感は、すぐさま的中した。
「ですがデオノーラ様。そういうことは今避けたとしても、遅かれ早かれいずれ致すものでございます。ならばいっそのこと、今この場で正直に本心を告白なさって、熱に任せて結合を済ませてしまうのが吉かと存じ上げます」
「ばっ」
「こういう状況でもないとデオノーラ様、ご自分から殿
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