「ねえねえ、どう? 似合う?」
「うんうん、似合う似合う! とっても素敵!」
「そう? やった! これならお兄ちゃんもイチコロだね!」
「ところでこ、このメイド衣装は、少し過激じゃないか? スカート短いし、ヘソ出しだし……」
「それがいいのよ。色々ご奉仕も捗るでしょ?」
「ほらほら、試着もいいけど、ちゃんと手伝ってね? 机移動とか飾りつけとか、まだまだ全然終わってないんだから」
人魔共学制を採用していたその学園は、一年の中で最も賑やかな時間を迎えていた。翌日に控えた学園祭本番に向けて、生徒一同が一致団結して、教室の「改装作業」に勤しんでいた。
このクラスの出し物はメイド喫茶であった。男子と魔物娘がこぞってこれに投票し、ほぼワンサイドゲームの形でこれに決まったのである。一部の女子と男子生徒は最初難色を示していたが、クラスメイトの魔物娘達がどこからか持ってきたメイド服を着こなす姿を見て、今ではすっかりメイド喫茶礼賛の空気が教室内を満たしていた。
メイド服で強化された魔物娘の色気は、人間すべてを等しく魅了する力があったのだ。
「ある程度固めたら、残った机は所定の場所まで運んでね。それから余った色紙や段ボールは、ちゃんと一つにまとめてロッカーにしまって。オーブンとホットプレートは所定の位置に。まだコンセントは刺さないでね。ゴミはしっかり掃除しておいて、分別も忘れないで。時間がないわ、ラストスパートかけて行きましょう」
「はーい!」
まとめ役を押し付けられたクラス委員長――人間の女子生徒であった――の発破に、生徒全員が声を上げる。特に魔物娘の熱気は凄まじく、その発破の後、誰よりも率先して仕事を片付けていった。もちろんメイド服の試着作業に没頭したり、手伝いにかこつけて男子生徒を誘惑する魔物娘も数人、いるにはいた。
それでもその大多数が、本番に向けて熱心に動いていた。そしてその熱気に当てられて、残りの女生徒と男子生徒も俄然やる気を見せていた。
「人間の文化祭かあ。楽しみだなー。どこ回ろうかな?」
「いっぱいあって回り切れそうにないから、目星つけておいた方がいいかもね」
「そのためにも、ちゃんと準備澄ませないとね」
「当然! ちゃちゃっと済ませて、旦那様と学園祭回る約束取り付けないとね!」
魔物娘を中心とした女生徒のグループがきゃいきゃいと騒ぐ。それと同じ光景はそこかしこで見受けられ、彼女達はそうやって時折雑談に興じながらも、真面目に作業を進めていった。
人間界のイベントを直接体験できる。その期待と好奇心が魔物娘達を突き動かしていた。何故ならこの珍しいイベント体験こそが、人と魔物が出会って以降、人魔共学制の学園が彼女達から高い人気を得ている理由の一つであったからだ。
まあ一番の理由は、手っ取り早く繁殖相手を見つけられるからなのであるが。
「……ケッ」
そんな活気に満ちた雰囲気の中で、一人の魔物娘が不貞腐れた態度を取っていた。彼女は周りの生徒に混じることなく、一人黙々と輪飾りを作っていた。クラスメイトに背を向けて部屋の隅に胡坐をかき、背骨を曲げて制服の下から出した触手を力なく垂れ下げ、淡々と作業を続ける。その姿は到底楽しんでいるとは言えなかった。
「なんで私がメイドなんか……ブツブツ……」
ゲイザーと呼ばれる魔物娘の生徒であった。彼女は暗鬱なオーラを全身に纏い、他者を寄り付かせまいと全力で抵抗していた。幸か不幸か、他の生徒達は自分達で騒ぐばかりで、構うなオーラを放つゲイザーに気付くことは無かった。
そうして周りが浮かれる中、クラス委員長がそのゲイザーの姿に目敏く気付いた。彼女はすぐにそれから視線を逸らし、速足で一人の男子生徒に近づき、そして彼だけに聞こえるように小声で話しかけた。
「ソニアちゃんの元気づけ、よろしくね」
「俺が?」
「あなたあの子の彼氏さんなんでしょ? 今頑張らなくてどうするの」
「まったく……」
声をかけられた男子生徒は、委員長からの要求を受けてその魔物娘に視線を向けた。魔物娘――ゲイザーのソニアは自分の彼氏からの視線に気づくことなく、黙々と飾りを作り続けていた。
「メイド喫茶なんて滅びちまえばいいのに……」
「しょうがない奴だな」
そんなにメイド喫茶が嫌なのか。男子生徒は顔をしかめ、腕を組んでソニアの丸まった背中を見続けた。しかしそこに嫌悪は無く、世話の焼ける妹を見守るような暖かさが含まれていた。
「ちゃんとすればあいつも可愛いのに」
「自分の見た目に自信が無いだけよ」
「一つ目だから?」
「そういうこと」
もったいない。男子生徒が言葉を漏らし、クラス委員長が首肯して同意する。しかしその言葉は周りの喧騒にかき消され、ソニアの耳に届くことは無かった。
直
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