探検家のゼネウスがその「賢者」と出会ったのは、彼がとある森の中に踏み入った時のことであった。オウルメイジ、もとい「賢者」は木立の上に立って彼を見降ろし、その眼差しには興味と呆れが半分ずつ混ざっていた。
「独り身の男が供も連れずにここに来るとは、自分から餌食になりに来たようなものだぞ?」
ゼネウスに対する「賢者」の第一声は、ため息交じりの忠告だった。そしてこの彼女の忠告は、まったくの正論だった。何故ならこの森は人の手が入っていない未開の地であり、野生の魔物娘がそこかしこに潜んでいたからだ。
そしてこの情報は、森の近くにある町でも常識として周知されていた。あの森には魔物娘がたくさんいるから気をつけよう。特に独身男性は不用意に近づいてはいけない。
そのように人間達が森を警戒していることを、「賢者」の側も知っていた。それでいて「賢者」は、そんな人間の用心深さに感心してもいた。
「危険な場所には踏み込まない。実に理性的で殊勝な心掛けだ。だというのに」
そこまで思いを巡らせた後、「賢者」は再びため息をついた。
「そなたは自分から危険を冒しに来るのか。馬鹿者と呼ばれても言い訳できんぞ」
「でしょうね」
呆れた調子の「賢者」の物言いに、ゼネウスが軽い口調で返す。眉を顰める「賢者」にゼネウスが言葉を続ける。
「でも俺は、ここに来ずにはいられなかったんです。あの町でこの森のことを聞いたら、居ても立っても居られなくなったんです」
「知ってから来たというのか」
「そうです」
驚く「賢者」にゼネウスが答える。「賢者」は呆然とし、続いて肩を落とした。
「そなた、その内身を滅ぼすぞ。好奇心で動くのも程々にせよ」
「よく言われますし、俺も自覚してます。でもこればかりはどうしようもなくって」
「なぜ改善しようとしない? なぜここに来た?」
「それは……ここに浪漫があるからです」
「賢者」からの問いにゼネウスが返す。答えになっているような、なっていないような、実にふわふわした回答だった。
「ああ、そういう……」
片翼の先で「賢者」が頬を掻く。彼女はゼネウスがどういう人種なのかをここで理解した。
情熱のためなら死ねる。一番厄介なタイプだ。
「まったく愚か者め」
しかしこの「賢者」は、そこで匙を投げるタイプでは無かった。
このまま彼を好きにさせれば、一日と経たずに魔物娘に「食べられて」しまうだろう。それは何というか、しのびない。
「仕方ない……。探検家よ、この森で少しでも理性的でいたければ、私の話をよく聞くがいい」
彼女はいい意味で言えば世話焼き、悪い意味で言えばお節介焼きだった。
「そうすれば、探検の途中で魔物娘に魅了される危険も減るだろう。可能性が無くなるわけではないがな」
どうするかはそなた次第だ。「賢者」が選択を迫る。そこまで聞いたゼネウスは、すぐに答えを出した。
「わかりました。お願いします」
迷いのない口振り。それが「賢者」の懸念をさらに強固にする。
「即決であるか」
「善は急げと言うでしょう?」
この男は、面白そうと思ったことには首を突っ込まずにはいられない、そういう性分なのだ。
「業の深い男よな」
ゼネウスの性質をそう見抜いた「賢者」は、そう言って三度ため息をついた。しかしそこに落胆や失望はなく、代わりに苦笑と安堵がこもっていた。
愚か者め。彼女は心の中で呟いた。
その後改めて、人間と魔物娘は互いの名前を教え合った。そしてそれまで互いの名を知らぬまま会話を成立させていたことに、どちらも軽く驚いた。
「やろうと思えば出来るものなんですね」
「少々寂しい気もするがな」
ともあれ、二人はそれぞれ名を知った。ゼネウスが眼前のオウルメイジを「シェフォンヌ」と認識し始めたのは、ここからであった。
「それで、最初に何をすればいいんでしょうか」
自己紹介を終えたところで、早速ゼネウスが本題に入る。シェフォンヌも頷き、話を始める。
「まずは喉が渇いた。ここから東に行った先に薬草があるから、それをいくつか採ってきてほしい。それを煎じて茶にするのでな」
「薬草? 茶?」
「うむ」
予想外の要求に、さしものゼネウスも若干たじろぐ。一方のシェフォンヌは当然と言わんばかりに、力強く首を縦に振る。
「それが危険回避と何か関係があるので?」
「無論だ」
「具体的には?」
「行けばわかる」
シェフォンヌは誤魔化した。ゼネウスは釈然としないと言わんばかりに不満げな顔を見せた。
そこにシェフォンヌが言葉を重ねる。
「乗り気でないなら、別にこの頼みを無視してもいいのだぞ?」
わかりやすい挑発。
その挑発が、ゼネウスの
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