肉を知る

 部屋の中に一組の男女。テーブルを挟み、向かい合うようにソファに座っている。
 彼らの前には白磁のカップ。中には黄金色に輝く「普通」の紅茶。湯気は立ち消え、すっかり冷めている。
 中身はちっとも減っていない。淹れられた時から今に至るまで、完全に放置されている。それでいて男女のどちらも、カップを手に取ろうとしない。
 どちらも動かない。沈黙が部屋を支配する。空気は重く、二人は項垂れ、心臓の鼓動が秒刻みで速さを増す。
 
「……」

 気まずい。長峰佑は、脂汗が頬を伝うのを感じた。とても気まずい。
 目線を少し持ち上げる。テーブルの向こう側に女性が見える。白衣を着た幼女。バフォメットのグレイリア。
 グレイリアが渋い表情でカップを凝視している。眉間には皺が刻まれ、口は真一文字に閉ざされている。
 向こうから反応は無い。佑は言いようのない焦りを覚えた。この状況を早くなんとかしなければ。
 原因は自分にあるのだ。自分が解決しないでどうする。
 
「あの」
「あっ」

 だがそこで不運が顔を覗かせる。佑が口を開くと同時に、グレイリアもまた声をかけようとしたのだった。
 結果、二人の声が被る。互いに不意を突かれ、出鼻をくじかれ、また黙る。
 せっかくのチャンスを不意にしてしまった。これは痛い。
 
「……ああ、ごほん」

 しかし神は――どちらの神かはわからないが――佑を見捨てなかった。意気消沈する佑の前で、グレイリアが大きく咳払いをする。そして自ら視線を上げ、佑をじっと見ながら口を開く。
 悪魔の思い切りに救われた格好である。グレイリアが話し始める。
 
「あのことなんだが、本当なのか?」

 第一声は疑問だった。彼女が何に対して回答を求めているのか、佑はよくわかっていた。
 
「どうなんだ?」
「……はい」

 グレイリアからの質問に、佑が首を縦に振る。グレイリアはそれ以上追求せず、ただ「そうか」とのみ呟く。
 
「ためになったのか?」

 グレイリアが質問を変える。これに対しても、佑は無駄なことは言わずに首を縦に振る。
 
 
 
 
 今更であるが、ここで彼らが話題にしていたのは、前に佑が受けた「集中授業」のことである。佑はその件について黙っていたが、グレイリアはどうやってかその情報を掴み、今こうして彼を自室へ呼びつけていた。
 尋問対象。それが今の佑の立場だった。
 
「具体的には? どのあたりが参考になったんだ?」

 尋問官がしつこく食らいつく。佑は肩身の狭い思いを味わいながら、サバトの長達から受けたことを滔々と語った。
 
「実はこんなことが……」
「ほほう」
「あとこんなことも……」
「え、ああ、うん……?」
 
 佑とのやり取りの中で、グレイリアがわかりやすく一喜一憂する。そして彼女と会話を交わす中で、佑は改めて己の想いを再確認した。
 グレイリアの詰問が、却って彼の心を奮い立たせた。
 
「まったく……余計なことをする……」

 意識を眼前に戻す。腕を組んだグレイリアが苦々しげに呟くのが見える。表情は堅かったが、視線は泳いでいた。頬も僅かに赤らんでいる。
 可愛い。
 
「君、君もだな。あんまり真に受けるんじゃないぞ。あれはあくまで、その、お遊びのようなものだからな」

 そこにグレイリアが釘を刺しに来る。自分に言い聞かせているかのような、どこかふわふわした言葉だった。
 佑はそれに対して、うんともすんとも言わなかった。ただじっと、グレイリアの方を見つめていた。
 
「なんだ。どうした、そんなにじっと見つめて」
 
 グレイリアが怪訝な顔をする。彼女の誤算は、佑の心境を見誤ったことだった。
 
「俺は遊びのつもりはないです」
「は」

 佑の唐突な発言に、グレイリアが硬直する。
 
「俺は本気です」
「……ああ……」
 
 言葉に詰まる。佑もグレイリアも、互いに相手を見たまま視線を逸らさない。
 再び場が凍る。少し経って、恐る恐るグレイリアが尋ねる。
 
「それはその、つまり、そういうことなのか?」

 言葉を濁して問い質す。佑も訂正は求めず、無言で頷く。
 グレイリアが悟る。
 
「そ、そういうのは、他の魔女としてくれたまえ」

 あからさまに動揺する。なぜ私なのだ、と愚痴さえこぼす。
 だが佑は嘆かなかった。そう零すグレイリアの口元が緩んでいるのを、彼はしっかり認めていたからだ。
 
「まったく物好きめ。私のどこがそんなに」
「そういうところです」
「えっ」

 佑の奇襲攻撃。直撃を食らったグレイリアが思わず硬直する。
 すかさず佑が追撃する。
 
「驕らないところっていうか、真面目なところっていうか、とにかくそんなところが好きなんです」
「――」
「ああ言っちゃった。はい。好きです」

 開き直ったように佑が言
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