長峰佑が魔物娘の世界に来て、一週間が過ぎた。人間の順応性とは恐ろしいもので、佑はその一週間足らずの内に、ほぼ完全にこちらの世界に適応していた。
もちろん、時折唐突に驚かされる――そしてそれまで培ってきた価値観とのギャップを再認識する――こともあるにはあった。だが最初の頃のように、見るモノ全てにカルチャーショックを受けることは無くなった。グレイリア・サバトで行われる「行き過ぎた」医療行為も、そういうものとして冷静に認識することが出来るまでに至った。
なお、その「慣れ」が良いことなのか否か、佑はまだ決めあぐねている節があった。
「あ、そうそう。佑さん」
だが時間の方は、佑の心の変化を悠長に待ってはくれなかった。その時は、全く突然に佑に襲い掛かった。
「ちょっとあなたにお会いしたいと申されているお方がいるのですが……」
「俺に?」
サバトの構成員の一人、エンジェルと呼ばれる魔物娘に声をかけられ、佑が足を止める。ちなみにこの時、彼は紙袋を持って廊下を歩いていた。袋の中は古ぼけた書物がぎっしり詰められており、それらは例によってグレイリアから貰ってくるよう頼まれたものだった。
これを無碍にするわけにはいかない。佑は紙袋のことを話し、話なら後で聞くと答えた。
「い、いえ。そちらは私がグレイリア様にお渡しします。理由も私が、その時グレイリア様にお伝えしますので」
だがそのエンジェルは、佑の反論にそう返した。口調は足早で、双眸には縋りつくような必死さが映っている。余裕が無く、どこか焦っているようだ。
何かのっぴきならない理由でもあるのだろうか?
「何かあったんですか?」
怪しい雰囲気を察した佑が――こちらに来てから、佑は何故だかそうしたことに敏感になっていた――気遣うようにエンジェルに尋ねる。それを聞いたエンジェルは、ちらちらと左右を見た後、注意深く佑に近づき耳元で囁いた。
「実はその、あなたにお会いしたい方というのが、かなりの大御所でして」
「そんなに? そんなに凄い人なんですか?」
「それはもう。私のような木っ端組員とは比べ物にならない、雲の上のお方ですよ。なにせサバトの長ですから」
「おお……」
熱のこもったエンジェルの言葉に、思わず佑が唸る。この時彼は、不安や恐怖よりも好奇心を強く抱いていた。そこまで言われる大御所とは、いったいどのような人なのだろうか。彼は子供のような純真さで、それに思いを馳せた。
「ちなみに、それってどんな人なんです?」
そしてその好奇心のままに、佑がエンジェルに問いかける。エンジェルはそれに快く応じ、彼に早速回答を提示する。
「バフォさまですよ」
「えっ?」
「バフォさま」
一瞬、佑は目の前の彼女が何を言っているのかわからなかった。一方のエンジェルも、念を押すように再度佑に言った。
「バフォさまという方です。一応言っておきますけど、本名じゃありませんからね」
「あっ、そうなんですか」
それを聞いて、佑は少し安心した。また新たなカルチャーショックに遭遇するところで、内心ヒヤヒヤしていた所だった。
だが現実は残酷だった。
「そなたがよその世界からやって来た人間じゃな? 儂こそバフォ様、魔王軍サバトを統べるバフォメットじゃ」
応接室の一つで佑と対面した幼女の魔物は、開口一番にそう言った。頭部から立派な角を生やし、手足に獣の要素を残した、露出の激しい魔物娘だった。
そんなバフォ様と名乗った幼女は、相手の反応を待たずして、続けざまに口を開いた。
「儂がここに来たのは言うまでもない。そなたとグレイリアの関係について確認するためじゃ」
「えっ」
「率直に聞こう。グレイリアとはどこまで進んだ?」
角を生やした幼女が、ずずいっと聞いてくる。佑はその押しの強さに圧倒され、ソファに座ったまま上体を後ろに引かせた。
当のバフォ様はお構いなしに、更なる質問を続けた。
「そなたとグレイリアのこと、既にあらゆるサバトに知れ渡っておるぞ。どこまで進んだのじゃ?」
「いや、進んだって、そんな」
「遠慮することは無い。言ってみるがよい。キスはしたのか? ハグは? その先は?」
困ったように動揺する佑を見て、バフォ様が質問を乱打する。何故彼女がそんなことを聞くのか、佑には見当がつかなかった。
理由が知りたい。佑の口は自然と動いた。
「……なんでそんなこと聞くんですか?」
「簡単じゃ。グレイリアがそなたに惚れておるからよ」
「……は?」
一瞬、思考が停止する。この人は今なんと言った?
「なんじゃ? 気づいておらんのか? 鈍い童じゃのう」
呆れたようにバフォ様が言う。佑の頭がさらにフリーズする。
そこにバフォ様のダメ押しが
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