環境を知る

 グレイリアと町内巡りをした翌日、佑はそのグレイリアに一つの「お願い」をした。

「仕事を?」
「はい。手伝わせてほしいんです」

 二人が「面談」を行った件の応接室にて、テーブルを挟んで向かい合った状態で、佑がグレイリアに言葉を投げる。
 グレイリアは一度紅茶に口をつけ、軽く喉を潤してから、彼に問うた。
 
「なぜ? どうしてやりたいと思ったんだね?」
「それは……ここで寝てるだけじゃ失礼だと思ったからです」

 少し躊躇いがちに佑が答える。彼は既に快復し、一人で自由に動き回れる状態にあった。そして外では、サバトに属する人間や魔物が、それぞれ職務をこなしていた。
 そんな状況下で、自分だけがのうのうと個室でくつろいでいる。それは失礼だ。他の人に申し訳が立たない。佑はそう考えていた。
 
「ここのサバトの人達は、怪我をした人たちのお世話をしてるんですよね。僕もそれを手伝いたいんです」

 佑が胸中に抱く「居心地の悪さ」を正直に吐露し、その上でサバトの手助けがしたいと申し出る。グレイリアは真面目な顔でそれを聞き、彼の話が終わった後小さくため息をついた。
 
「君は真面目だな」

 優しい口調だった。一旦視線を落として再度紅茶を飲む。
 その後カップを置き、佑を見つめ直し、穏やかな表情で彼に告げる。
 
「そんなに気負う必要は無い。君は他人の都合に巻き込まれて、こちらに無理矢理飛ばされてきた、謂わば被害者だ。それに私からすれば、君はまだ患者だ。自分を責めるのはやめたまえ」

 そのくらいで君を軽蔑するほど、我々は狭量ではない。グレイリアがきっぱり言いきる。
 それでも佑は煮え切らない態度を取った。
 
「でも……」
「だが、そこまで言うなら」

 戸惑う佑に先んじて、グレイリアが言葉を挟む。遮られた佑がグレイリアに注目し、白衣のバフォメットが口を開く。
 
「そうだな、軽い雑用仕事くらいなら、お願いしようかな」
「いいんですか?」
「ああ。私の助手というか、お手伝い係だ。それに君を指名する。ちなみにこれはサバト用語で言うところの……使い魔というやつだ」

 驚く佑に、グレイリアが肯定ついでに説明する。最後の部分で少し言い淀んだが、佑はそこでなく別の部分に意識が行った。
 
「使い魔、ですか」

 元いた世界では到底使うことのない言葉だ。佑は何度もそれを脳内で反芻させた。

「べ、別に主従関係を結ぶわけじゃないぞ。上下の隔たりは一切無しだ。その、バフォメットのパートナー、になった男に対する、便宜的な呼び名だ」

 そこにグレイリアが素早く補足する。無駄に早口だった。それを聞いた佑は納得する一方で、いきなり出てきたファンタジックな言葉に心ときめく自分がいることを自覚した。
 
「使い魔かあ。なんかマンガっぽいですね」
「非現実的かもしれんが、君の人生はマンガではないぞ」

 グレイリアが釘を刺す。佑の心が地に足のついた状態を取り戻し、その佑にグレイリアが尋ねる。
 
「さて、やってもらえるな?」
「はい」

 グレイリアの問いに佑が答える。言葉は短いが、そこには強い意志が込められていた。
 ともあれ、契約完了である。紅茶を飲んだ後、グレイリアはニヤリと笑って佑に言った。
 
「いいだろう。今日から君は私のものだ」

 その言葉に、佑の心臓がドクンと跳ねた。使い魔の仕事に対する期待と興奮、そして未知の感情が、彼の心を跳ねさせた。
 最後のそれが何なのか、佑は気づかなかった。グレイリアの顔が赤かったことにも、彼は気づかなかった。
 
 
 
 
 それ以来、佑はグレイリアの「使い魔」となった。以降数日間、彼はグレイリアの下で「使い魔の仕事」を幾つかこなした。
 ここで言う仕事とは、簡単に言えば雑用だった。
 
「すまない。今回も少しお遣いを頼まれてくれないか」
「はい、わかりました。今日は何を買って来ればいいですか?」

 現実でもやらされること。不思議とは縁遠い仕事。パシリとも言う。
 だが佑は不快と思わなかった。グレイリア――命の恩人に頼りにされることが、純粋に彼は嬉しかった。
 それがグレイリアの興味を引いた。
 
「君は変わり者だな」
「そうですか?」
「普通は使い走りなど喜んでしないものだ。傷病者ならなおのことだ」
「そんなことありませんよ。グレイリアさんには助けられてますから。恩返しをさせてください」

 爽やかに佑が答える。グレイリアは苦笑いを浮かべ、「それはお互い様だよ」と答えた。彼女もまた、佑と会えたことを嬉しく思っていた。
 場の雰囲気が暖かくなっていく。そしてその穏やかな空気の中、グレイリアが本題に入る。
 
「とにかく、君に任せた。頼んだよ」
「はい!」

 元気よく佑が返答する。そして今日もまた、佑は雑事をこなし
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