過去を知る

 何が原因でこうなったのか。長峰佑は思い出すことが出来なかった。何故自分は毛布を掛けられ、ベッドの上で横になっているのか。それに至る過去の軌跡を、彼は思い出すことが出来なかった。
 もっとも、完全に忘却したわけではない。脳内の「軌跡」はあくまで粉々に砕けただけであり、その残滓――記憶の断片はなおも意識の中で息づき、眩く輝いていた。
 
「やめなさい」
 
 思い出せないが、かき集めて見つめ直すことは出来る。佑はおぼろげな意識の中、その断片に「視線」を向け、己の身に起きたことを把握しようとした。
 
「無理はしない方がいい。傷は治ったが、まだ完全に治癒したわけではない」

 隣から声がする。落ち着いた女性の声だ。しかし佑は止まらなかった。
 知りたかった。何があったのか。何を忘れたのか。何故忘れたのか。何故中途半端に記憶が残っているのか。長峰佑は知りたかった。
 そうして、彼の意識は過去に飛んだ。
 
 
 
 
 過去への旅は数分で終わった。彼がここに至るまでの道程は、数分の振り返りで終わるほどに短く味気ないものであった。
 
「気が済んだかい?」

 隣から声がする。落ち着いた女性の声。「視線」を現在に戻した佑が、首を動かして視線を女性に向ける。
 白衣を着た女の人。見た目は幼い。子供だ。目の下にクマがあり、頭からねじれた角が二本生えている。
 佑はこの子を知っている。ほんの少し前に自分が助けた子だ。
 良かった。生きてる。佑の心に安堵が生まれる。目から涙が滲み出す。
 
「大丈夫だよ。みんな無事だ。君のおかげだよ」

 ベッドの隣に立つ白衣の少女が、佑に優しく声をかける。腕を伸ばし、佑の額に手を添える。
 
「ありがとう。そして今は休みなさい。勇者殿」

 少女が口を開く。佑が素直にそれに従う。頭を元の位置に戻し、目を閉じて体から力を抜く。
 たちまち睡魔が襲ってくる。記憶と少女、二つの懸案が解決したことが、彼の神経を弛緩させた。
 佑はそれに抗わなかった。角の生えた少女に言われるまま、彼はゆっくり休むことにした。
 
「……おやすみなさい」

 佑が呟く。少女が答える。
 
「ああ。おやすみ」




 二十時間前。長峰佑は他のクラスメイト二十九名と共に、観光バスに乗っていた。彼の通う中学校で行われた社会科見学に参加したためである。
 そしてこの時、バスは帰路についていた。対象物の見学は全て終了し、後は学校に帰るだけであった。
 直後、佑は眩い閃光に襲われた。光はバスの正面から発生し、佑とクラスメイト、同じく乗り込んでいた教員と運転手とバスガイド、バスそのものを丸ごと飲み込んだ。
 声も出せなかった。本当に一瞬の出来事であった。
 
「……?」

 光はすぐに晴れた。視界を覆う閃光が即座に消え失せ、目の機能を取り戻した彼らは一様に困惑した。
 
「なに?」
「なにがあったの?」
 
 最初に自分を、次に周囲の他人を見やる。誰にも異常は見られない。バスも止まっている。
 やがて意識が外に向く。
 
「わぁッ!」
 
 外を見た一人が声を上げる。驚愕と恐怖の入り混じった声。
 それが伝染する。同じように外を見ていた他の面々も、次々に口を開く。
 
「うそ!?」
「なんだよこれ!」
「なんで!?」
 
 そこには見慣れぬ風景が広がっていた。バスの後方には荒野。左右にも荒野。足元も荒野。そして前方には、石で築かれたであろう古い城。
 乗員たちはさらに困惑した。ここは明らかに、自分達が走っていた道ではない。アスファルトの道路も、雑多な建物の群れも、どこにも見当たらない。あるのはただ不毛の大地と、眼前にそびえる巨大な古城だけ。
 意味が分からない。秒刻みで彼らの中で混乱が膨らんでいく。ざわめきが大きくなり、それを止められる者は誰もいない。
 やがて恐怖が恐慌に変わる。その直前、彼らの眼前で変化が起きた。
 
「見ろ!」

 それに気づいた誰かが、城の方を指差す。ギリギリのところで理性を保った彼らが、一斉にそちらを向く。
 城の門が開いている。城の中から物々しい鎧に身を包んだ一団が、整然と列を作ってこちらに向かってくる。その集団の先頭に、ひときわ目立つ格好をした初老の男がいた。
 
「ようこそ! 諸君らは選ばれた!」

 教会の法皇が着るような白い衣装を纏ったその男は、バスに向かって両手を上げて叫んだ。良く通る声だった。
 
 
 
 
 十八時間前。バスから降りて城に通された面々は、一時間の小休止の後に説明を受けることとなった。
 話し手は件の初老の男。内容は佑たちの身に起こったこと。
 
「あなたがたは選ばれたのです」

 開口一番、男はそう言った。要領を得ないその言葉に困惑する一堂に、男が続けて言った。
 
「正確には、選ばれた
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