「何でも屋」ノイ・ザンダリオンがその依頼を受けたのは、四月のある晴れた日のことだった。馴染みの酒場に置かれた依頼掲示板の中で、彼は偶然それを見つけたのだ。
「オーク退治?」
それは街道に出没するオークを退治してほしいというものだった。依頼主はこの町の教会に勤めるシスターで、依頼文には件のオークがこの町に来る巡礼者や商人を度々襲撃し、人々を困らせていると書かれていた。
「そんな被害出てたっけ?」
「さあ、俺は聞いたことないね。でもそれ貼り出されたの昨日だし、つい最近の出来事なんじゃないか?」
興味と疑念を持ったノイが依頼書を取り出し、酒場の店主に話しかける。そしてノイと顔馴染みである酒場の店主は、そんな彼からの問いに、首を傾げてそう答えた。
「少なくとも、うちの商品がオークに盗られたことは無いよ。他の店は知らないけど」
「ふうん……」
じゃあここ以外の店は被害に遭っているということだろうか。店主の言葉を聞いたノイはそう思った。だがそんな話は聞いたことがない。オークが出没することも、彼女らが人を襲っていることも初耳だ。ならばそれらの情報が出回る前に、このシスターが一足早く依頼を掲示したということだろうか?
眉間に皺を寄せてノイが考え込む。するとその様子を見た店主が、麦酒の入ったジョッキを出しながら、ノイに提案してきた。
「そんなに気になるんなら、あんたが直接調べりゃいいじゃないか」
「俺が?」
「ああ。今は他に仕事受けて無いんだろ?」
「まあな」
店主からジョッキを受け取りつつ、ノイが頷く。彼の言う通り、今は仕事を一つも引き受けていない。便利屋として町で重宝がられている――犬の散歩から商隊の護衛まで、報酬と引き換えにあれこれこき使われている――ノイだったが、この時は珍しく完全オフだったのである。
「金払いも良さそうだし、引き受けても損はないんじゃねえか」
フリーなノイの背中を店主が押す。麦酒を半分飲み終えてから、ノイが改めて思案する。
店主の言う通り、確かに報酬は悪くない。文章中に明記された金額を見てノイは思った。金に困っているわけでは無かったが、ありすぎて困るものでもない。貰えるものは貰っておくべきだ。
それに何より、「気になる」。胸の裡に芽生えた疑念を、彼は無視することが出来なかった。
「……うん。受けてみるよ」
数十秒の沈黙の後、ノイが口を開いた。最終的に彼を動かしたのは金銭欲でなく好奇心だった。
店主もまた、そのノイの選択を尊重した。
「そうか、そうか。じゃあ気をつけてな。あんたならオークくらい倒せるだろうが、油断はするなよ」
「ああ、わかったよ」
こうしてノイは、オーク退治の依頼を受けたのだった。
その後ノイは、依頼主に会って自分がそれを受領したことを報告した。依頼主であるシスターは閉ざされた教会の前――彼女曰く掃除中であり、中に入ることは出来なかった――で応対し、ノイの報告を嬉々として受け取った。
「これは心強いですわ。あなたが来てくださったのなら、もう解決したも同然です」
胸の前で手を組んだシスターが、恭しく頭を下げる。彼女もこの町の住人らしく、ノイの功名を十分知っていた。彼が来たなら百人力だ。顔を上げたシスターは笑みを浮かべ、続けてそう言った。
「いえ、自分などまだまだ。出来ることをしているだけですよ」
一方のノイは、そんなシスターに謙遜で返した。彼は褒められることに慣れていなかった。正直恥ずかしくなった。
そして恥ずかしがったノイは「それじゃあ仕事に行かないと」と言葉を返し、そそくさとそこから立ち去ろうとした。
「はい。それではどうかご武運を。そしてあなたに神のご加護があらんことを」
シスターはそれを引き留めはしなかった。足早に立ち去る彼を素直に見送り、その背に祈りの言葉を投げかけた。ノイは振り向いて肩越しにシスターを見つめ、「どうもありがとう!」と感謝を返した。
ノイを見返すシスターの顔は、満面の笑みで飾られていた。
目的の街道は、町から出て数分のところにあった。森林地帯をまっすぐ突っ切るように整備された、木立で挟まれた細い道だ。道の左右には樹木が鬱蒼と生い茂り、隠れる場所は掃いて捨てるほどある。
オークはこのどこかに潜んでいるのだろう。
「シャーッ!」
案の定、ノイが一人で歩いていると、一匹のオークが木々の中から飛び出してきた。勢いよく出現したその個体は、無骨な石斧を両手で持ってノイに襲い掛かってきた。
作戦通りだ。
「ヤクザキック!」
「ピギーッ!?」
油断したオークの石斧をノイが蹴りつける。渾身の蹴りを得物に食らったオークが後ろに吹き飛び、背中から地面に
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