午後九時。
博人とマギウスが、共に懐中電灯を持って道を進む。
デートと言うには物寂しい、二人きりの夜の散歩である。
「……」
「……」
沈黙が場を包む。
田畑に囲まれた細道を、二人並んで無言で歩く。
青年も、魔物も、共に口を開こうとしない。
正確に言うと、話す意志はあった。ただどちらも、どうやって話を切り出したらいいのかわからなかったのだ。
「……」
鈴虫の鳴く声。蛙の鳴く声。風がそよぐ微かな音。それが彼らの周りに漂う音の全てだった。
気まずい。どうにかして空気を和らげないと。
二人の気持ちは同じだった。一歩前に進まなければ。
そして停滞が破られる。
「あの」
「あの」
声が被る。示し合わせたように、全く同じタイミングで二人が言葉を放つ。
奇跡だ。嬉しくない。恥ずかしさだけが残る。
「――ッ」
共に顔を赤くし、急いで口を閉じる。マギウスが小さく咳払いをし、博人が指で頬を掻く。
蛙の鳴き声が聞こえる。激しく脈打つ心臓の鼓動が、それをかき消す。
体が熱い。喉が渇く。緊張で押し潰されそうになる。
「あ、あのっ、ヒロト様っ」
そこにマギウスの声がかかる。羞恥を先に脱したのは彼女の方だった。
一方の博人は、それを聞いて救われた気分になった。同時に彼女より先に動けなかった自分が情けなく思えた。
ちゃんと自分がリードしなければ。決意を固め、眉間に皺を刻む博人に向かって、マギウスが言葉を続ける。
「きょ、今日はその……お誘いいただき、ありがとうございます。ヒロト様の方から誘っていただけて、本当に感激です」
「そ、そんな、言い過ぎですよ。僕はただ……」
そこまで言い返して、博人が渋る。本音を伝えるのが怖かった。
マギウスは本心から言っている。それは何となくわかる。ここまで言わせておいて、自分だけ本音を吐かないのは卑怯であるということも、同じく理解している。
それでも。博人はまだ一歩先に行けずにいた。情けない。弱虫。鬱屈した想いが心を締め上げ、感情が悲鳴を上げる。せめて顔には出すまいと、必死に眉間に力を込める。
「ヒロト様」
マギウスの声。一瞬、博人の心が軽くなる。
その直後、マギウスが自分から博人の手を握る。そっと博人の手を握りしめ、優しく包み込む。
突然の行為に動揺する博人に、マギウスが微笑みながら告げる。
「もう少し、このまま歩きましょうか」
マギウスは全て知っていた。隠しているつもりでも、博人の葛藤はマギウスには筒抜けだった。
そしてそれを知ったマギウスは、まず彼の心を落ち着かせようと考えた。彼の手を握り、そっと声をかける。私はいつでもここにいると、強く相手に想起させる。
結果から言うと、彼女の試みは成功した。
「……はい」
幾分か軽くなった声で肯定しながら、博人が頷く。同時に博人の方からも、マギウスの手を握り返す。
自分に応えてくれた。マギウスは嬉しくなった。そして彼女はにこやかに微笑み、リラックスした声で博人に言った。
「今日は風が涼しいですね。絶好の散歩日和です」
「そ、そうです、ね」
ぎこちない調子で博人が答える。彼はまだ緊張していた。しかし心の枷は外れていた。
傍にこの人がいてくれる。それが何より頼もしく、嬉しかった。マギウスの存在が博人を支えていたと言っても、過言ではなかった。
「もう少し、歩きましょうか」
「はい」
そうして青年とキキーモラは、誰もいない夜道を隣合って進み続けた。
ただ歩くだけでも、二人の心は満たされていった。
博人が「散歩」を提案した後、二人は揃って祖母の元へ向かった。一応報告して、許可を取っておこうと考えたからである。
「ああ、いいよ。行っておいで」
祖母は二つ返事でそれを了承した。想定通りの展開である。「この人はこう言うだろうな」と思っていた二人は却って安心したが、一方で表情は硬いままだった。
博人もマギウスも緊張していた。この人と二人きりで出歩くのだから、下手なことは出来ない。互いが互いを慮るあまり、必要以上に気負っていた。
揃って糞真面目だった。
時間を今に戻す。
「今日はす、涼しいですね」
「そうですね、はい、涼しいです……っ」
二人はまだ緊張していた。既に十数分経過していたが、全く場慣れしていなかった。言いだしっぺの博人ですらそんな有様だった。
しかし当然ながら、二人ともこのままではいけないと思っていた。せっかくのチャンス、モノにしなければ。博人もマギウスも同じことを考えていた。
「あの」
「あの」
そして同じタイミングで口を開く。いつぞやと同じように台詞が被り、共に赤面して目を逸らす。
どこまでもお似合いのカッ
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