特製・本格熟成童貞青年精液(十年物)

「君の瞳に、乾杯」

 サテュロスの【メイ】はそう言って、カウンター越しに向かい合った男とグラスを交わした。男は気障なセリフを平気で吐くサテュロスの面の厚さに苦笑しつつ、「乾杯」と返してから、手にしたワイングラスに口をつけた。
 
「どうかな? 私が作ってみた特製の一品なんだが。お気に召したかな?」

 メイがそう言って、興味津々に男を見つめる。彼女の持っていたグラスは既に空になっていた。
 一方で男――ゼラムのグラスには赤い液体が半分ほど注ぎ込まれていた。ゼラムはその液体の一部を喉に流し込み、少し渋い顔をしてからメイに言った。
 
「……うん。いいんじゃないかな」

 曖昧な返答だった。言葉に自信は無く、ゼラムの顔は渋いままだった。
 しかしメイは怒ったりしなかった。彼女はそんなゼラムの反応を見てクスクス笑い、傍に置いてあったボトルを手に取って自分のグラスに中身を注いでいった。
 
「やっぱり、君にワインの味は早かったかな?」

 そしてメイはそう言って、グラスの中の赤い液体を軽く飲み込んだ。舌で転がし、風味を噛み締め、丁寧に喉に流す。そうして味わいを楽しんでから、メイは満足げに「いい味だ」と頷いた。
 
「まあ当然か。私の最高傑作がまずいはずもない」
「自画自賛しても虚しいだけだぞ」

 続けて悦に浸るメイに、ゼラムが釘を刺すように告げる。メイはまたしても破顔し、グラスをカウンターに置いてゼラムを見つめた。
 
「そう不貞腐れなくてもいい。その内、これの良さがわかるようになるさ」
「そうか?」
「そうとも。私が保証する。君は将来、いい男になるってね」

 今年で二十歳になったばかりの青年を視界に捉えながら、メイは余裕たっぷりに言ってのけた。ゼラムはそんなメイの熱い眼差しを正面から受けきれず、恥ずかしさのあまり視線を逸らした。
 ここが貸し切り同然の状態で良かった。ゼラムは今自分がいるこの場所、自分たち以外人っ子一人いない酒場に思いを巡らせながら、しみじみとそう考えた。今のこんな無様な姿、とても他人には見せられない。
 
「生真面目だね、ゼラムは。もっと貪欲に来てもいいのに。なぜなら私は君の事なら、全て受け入れることが出来るんだからね」

 そんなゼラムの心境は、メイにはお見通しであった。ゼラムは暫し面白くなさそうにしかめっ面を浮かべた。この気障野郎め。十年来の恋人と言えど、やはり彼女の芝居がかった言い回しには辟易する部分もあった。まあそこも可愛いところなんだが。
 が、その後ゼラムは、唐突に思考を打ち切った。そしてため息を一つつき、「貪欲か」と呟き、グラスを見ながら神妙な面持ちになった。
 
「どうかしたかい?」

 その表情の変化に目敏く気づいたメイが、それとなくゼラムに尋ねる。メイの瞳には不安の色が混じっていた。
 ゼラムは何も答えず、やがて意を決したように顔を上げる。
 
「あのさ、俺、メイと約束したよな」
「約束? 十年前の?」
「ああ」

 そこまで言って、ゼラムはいそいそとズボンのポケットをまさぐった。メイが興味深く見守る中、ゼラムはそこから一個の箱を取り出した。箱は小さく、手の中にすっぽりと納まるサイズであった。
 ゼラムは取り出したそれを、恐る恐るメイの前に差し出した。そしてもう一方の手で、箱の上半分をゆっくり持ち上げた。
 
「……まあ」

 箱の中身を見たメイは、恍惚とした声を上げた。目は潤み、頬は恋する乙女のように紅く染まった。
 箱の中には、照明の光を受けて鈍い銀色に光る指輪がしまわれていた。何の飾りも無い、シンプルな指輪。
 それでも、メイにとってそれはまさに永らく待ち望んできたものであった。
 
「結婚しよう」

 ゼラムがはっきりと告げる。彼の瞳はしっかりとメイを捉えていた。
 メイは何も言えなかった。溢れ出す感情の渦を言葉で表現することが出来なかった。そして言葉で言い切れない代わりに、感情は涙となって表れた。ぼろぼろぼろぼろと、珠のような涙が次から次へと目元を通して流れ落ちていった。
 
「待たせてごめん」
 
 自分を忘れていなかった。それだけでメイは嬉しさで胸がはちきれそうだった。
 
「ずっと」

 やがて何度もしゃくりながら、メイが言葉を紡ぎ始めた。
 
「ずっと……待ってたんだからね……」

 そこには気障な鎧を脱ぎ捨てた、一人の乙女がいた。
 
 
 
 
 十年前、ゼラムとメイはこの町で出会った。正確にはこの町で家族ともども過ごしていたゼラムのもとに、素性を隠したメイがふらりとやって来たのがきっかけだった。
 メイの目的は、端的に言えば伴侶探しであった。そして彼女は偶然ゼラムと出会い、そして当時十歳だった彼に一目惚れした。運命のいたずらか、この時ゼラムも同様にメイに惚れてしまっ
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