オレの伴侶は王様だった。
稀代の名君!最高の為政者!彼女を褒めたたえる言葉はたくさんあった。その王様は国中の人々に愛されていたし、彼女も国と民を愛していた。
いやはや、そんな素晴らしい王に見初められ、夫として結ばれたときは舞い上がったものだ。王様は綺麗で、教養も豊かで、賢くて、まさしく人の上に立つべき存在だったから。
「……本当に、もう王様じゃないんだなぁ」
二人で暮らすにはちょうどいい大きさの普通の家。一般流通している椅子に座り、家庭的な料理の並んだテーブルを眺める。
「昔のキミじゃ信じられないんじゃないかな?宮殿の家具は豪奢で、料理だって豪勢だったからね。………オレは、この生活の方が幸せだけど」
視線をテーブルから、誰よりも愛おしい伴侶に移す。
腰まで届く黒髪に、健康的な褐色の肌の、オレだけのお嫁さん。
「随分とつまらないことを聞くのだな。なあ、オズよ。私の最愛のキミ」
オレのために料理を作ってくれた最愛の妻は、熱っぽく微笑んで隣の椅子に腰かけた。
「私はもう、キミがいればそれでいいのだよ。ねぇ、あなた…
#9825;」
どこまでも蕩けた声色で、絡みつくように抱き着いてくる。暖かい身体と大きな胸が押しあてられた。
「大好き
#9825;好き好き
#9825;私はもう、キミなしじゃ生きていけないのだよ
#9825;」
かつては王だった者……今は最愛の伴侶である彼女、シャアラは、愛をねだるみたいに深く唇を重ねてきた。
シャアラが王として国を治めていたのは過去のことだ。
燦燦と太陽が輝き、人々の活気で溢れていたこの国の王。それがファラオである彼女の役割だった。
だが、全ては昔のこと。シャアラはもう王じゃない。今のシャアラは、ただの一国民。ただのお嫁さんだ。
「んっ
#9825;……オズに頭を撫でられるのは心地がいいな…
#9825;ああ、駄目だ。雌の幸せを知ってはいけないのだ…
#9825;これ以上、私をキミに溺れさせないでくれ
#9825;」
昔はもっと威厳があったのだけど、王様じゃなくなった今のシャアラは、頭を撫でられただけで頬を赤く染め、だらしなく弛緩した身体をすり寄せてくる。
「あの蛇に噛まれてからはいつもこれだ。オズが愛おしくて、オズが欲しくて、どうにかなってしまいそうだ
#9825;」
あの蛇…アポピスさんのことかな。
元王様だったシャアラは、件のアポピスさんに敗北した。アポピスさんの毒液を流し込まれ、ただただ愛欲に焦がされたメスにされてしまったのだ。
「オレは今のシャアラも好きだよ。可愛いし、幸せだし。このまま、ずっと愛し合いたいって思うよ」
「あ……
#9825;」
抱きしめてみれば、胸の中の彼女がたまらず熱っぽい息を吐く。
すー、はー。深呼吸の音がした。どうやら、肺一杯にオレの匂いを吸い込んでいるらしい。
(アポピスさんに感謝しないとね……)
アポピスさんに負けたおかげで、今のオレ達の幸福がある。国の頂点に君臨し、二人で政を為すというのも楽しかったけど……こうやって一日の全てを互いに溺れて過ごす日々も愉しい。
なによりも、オレに甘えてくれるシャアラが見られたのは最高の報酬だった。王様時代の彼女は、威厳とか外聞とかを気にして恋人のように甘えてはくれなかったからね。
「あぁ、幸せだ…
#9825;こうして甘え、私の手で作った料理をキミに食べてもらう…。王であった頃では出来なかったことだ…」
匙でスープを掬って、ふーふーと息を吹きかける。冷ましてくれてるみたい。
「あーん
#9825;……ふふっ、どうしてもやってみたくてな…
#9825;
#9825;」
そうやって、冷ましたスープが口元に差し出される。食べさせてあげる、ということらしい。
「じゃあ、遠慮なく。いただきます」
ためらわず、シャアラの奉仕を受け取る。美味しい。愛情の味がする。
「ふふっ、美味しいか?オズを満足させられるようにと作ってみたのだが……口に合っただろうか?」
「とっても美味しいし、嬉しいよ。オレを想って作ってくれてありがとうね」
「なに、私の我儘だよ。王であった頃は料理人に作らせていたから……素人である私の料理では満足できぬかもしれないが………」
当たり前だが、王であるシャアラが調理の場に立つことは今まではなかった。王様をやっていた時代のオレ達の食卓には、お抱えの料理人の作った料理が並んでいたっけな。
「それでも、オズには私の作った物を食べて欲しかったのだ。恋人のように、そして女として、最愛のキミに尽くしたかったのだ。だから、これは私の我儘なのだよ」
“昔に食べていた物と比べて美味しくはないだろうが”などと付け加えるシャアラは、どこか寂しそうだった。
「ね
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