ひねくれ蜘蛛は絡まった

 今日の私は、最高に不機嫌でした。
 「………チッ」
 舌打ちを一つ。ガジガジと爪を齧って、多重に張られた蜘蛛の巣に身体を沈めます。だらりと四肢……背中の脚も含めれば八肢ですか。それらを投げ出し、仰向けになって岩肌の天井を眺めます。
 「あの馬鹿、今日はなかなかに遅いですね…」
 首を回して暗い洞窟に空いた穴を睨みつけます。外へと通じる唯一の道です。
 いつもなら、このくらいの時間に間抜け面がのこのこと入口からやってくるのですが、この日は10分待っても一切来る気配がありませんでした。
 「………ま、あれが来ようが来まいがどうでもいいのですがね」
 十数日前に私の巣に迷い込んできた阿呆に思いを馳せる。ええ、毎日勝手に私の住処に邪魔してくる阿呆です。巣を広げるのに邪魔なので、もう一生来なくていいのですが……
 「…………癪です。あの男を待つことも、来ないことにイラつくのも」
 無性に腹が立ちます。さして興味もないはずの男のせいでこんなにも鬱屈した気分になってしまっているのが、どうしようもなく不快でした。

 「………………チッ。……来ましたね」
 しばらく苛立ちと戦っていると、遠くで足音が聞こえました。この聞くからに学の欠片もなさそうな足音。間違いなく、彼です。
 とくん。胸が高鳴りました。
 彼が近づいている。また、私のところを訪ねてきた。そう考えると、どうにも動機が激しくなり、顔が熱くなってしまいます。
 嗚呼、全く腹立たしい。これではまるで、恋する乙女のようではありませんか。
 「……反吐が出ます」
 背から生えた四本の蜘蛛の脚を使い身体を起こして、洞窟の入り口に背中を向けて糸を紡ぎ始めます。
 それから数分、無意味に長い洞窟の道から聞こえる足音が徐々に大きくなっていき、ついに私に会いに来た馬鹿者が現れました。
 「…………………………」
 出迎えることはしません。無視して、巣に糸を張るフリを続けます。
 しかし巣にやって来た馬鹿は、一見すると集中して作業をしている風に見える私のことなどお構いなしに、元気に声をかけてきました。
 「こんにちは、シオン!今日も遊びに来たよ!」
 優し気な少年に名前を呼ばれた瞬間、ぞくりと、甘い痺れが背筋に走りました。
 悪寒です。これは悪寒です。ずっと待ち望んだモノを与えられたような、渇きを潤すような、そういう陶酔感もありますが全て悪寒です。風邪をひきましたね、これは。そういうことにしましょう。
 「………喧しいです。頭に響くので黙ってくれませんか」
 このまま無視を続けても良かったのですが、冷たい女と思われるのもなんとなくムカつくので振り返って返事をしてやります。
 見たくもないのに私の両の目は勝手に彼を捉えます。私の名前を気安く呼んでくる馬鹿は、今日も今日とで幸せそうな表情をしていました。
 「……ぼーっと突っ立ってるだけなら邪魔でしかないので、帰ってくれませんか?」
 精一杯眉間にしわを寄せて睨んでやりましょう。
 その視線の先、鞄を持った制服の少年……榎戸宗弥は困ったような笑顔を浮かべました。





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 今日の僕はとっても上機嫌だった。まぁ、シオンと出会ってから毎日が楽しいんだけど。恋をすれば世界が変わるっていうのは間違いじゃなかったみたいだ。
 「………はあ…。貴方は年中幸せそうで羨ましいですね、宗弥」
 鞄を置いて地べたに座ろうとしたところで、蜘蛛の巣の中で糸を紡いでいた少女に嫌味の込められた溜め息をつかれた。

 彼女…シオンと出会ったのは十数日前。学校帰りにふらふらしてたら、いつの間にか洞窟に迷い込んでしまったのがきっかけだった。前人未到の洞窟を見つけてテンションが上がってしまったんだと思う。
 たぶん男って穴が好きなんだろうね。女の人の穴に挿れるんだし。ははは、最低の下ネタだ。シオンに披露したら氷の如く冷たい目で蔑まれたことだろう。
 そんなこんなでワクワクしながら洞窟を進んでいって、やがて体育館よりも広くて、四方八方に白い糸が張り巡らされた地下空間に行きついた。
 その広大さにしばらく呆然としていたところに、ふと蜘蛛糸の海の中に一人の少女がいることに気づいて、好奇心から声をかけてみたんだっけ。
 腰まで届く艶やかな黒髪に、背からは紫の脚を四つ。肌は白く、きめ細かく、小柄で胸も控えめなスレンダーな女の子。
 それが彼女、アトラク=ナクアのシオンだった。
 『………間抜け面が迷い込んで来ましたね。私は蜘蛛ですが、馬鹿を巣にかける趣味はありませんよ』
 鋭い目つきの少女の第一声は罵倒だった。苛立ちを隠そうともせず、露骨に舌打ちをして僕を睨みつけてきたのを覚えている。

 それが僕とシオンの出会い。それ以来僕は、高校の授業が終われば必ず彼女の巣
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