人は恋をする生き物である。
人間だろうが魔物だろうがそれは変わらない。誰だって愛が欲しいし、愛されたいモノだと、心根から思う。
「へへっ、俺は全然愛されねぇや」
自嘲しつつ深夜の歓楽街を行く。そんな俺、和泉匠海(いずみ たくみ)はそれなりに落ち込んでいた。
と、いうのもだ、本日は大学の友達と合コンに行ってきたのだ。魔物娘という愛に飢えた女性がいる現代社会において、合コンは実質婚活とも言えるだろう。一回参加すれば漏れなく恋人ができてそのままゴールイン!…という寸法だ。
「ま、俺には需要がありませんでしたがね!」
悲しいかな。俺は魔物の皆さんのお眼鏡には叶わなかったらしい。俺を誘ってきた友達は可愛いサキュバスさんと目出度く結ばれたってのに。大学入学から数か月で恋人ができるとは、まったく羨ましい限りだ。
ということで、惨敗した俺は一人寂しく帰路についているわけで。
「俺はものの見事に避けられたわ。そんなにカッコ悪いかねぇ……」
そこまで悪い容姿ではないと自分では思うのだが。今じゃモテない童貞大学生だが、これでも昔は彼女がいたんだよ。
「……………だから、ってのも分かるけどさ」
人は恋をする生き物で、愛を求めるモノだ。
だが、人は恋をするがゆえに傷ついて、苦しんで……大切だった想いごと恋人を捨てることもある。
俺もそういうことをしたクチだ。
「そのくせ、何時まで経っても忘れられないか。……そりゃ確かにカッコ悪いな」
今でも彼女の影がちらつく。退屈な抗議の最中とか、街を歩くカップルを見ると、とっくに別れた彼女の姿が思い返されて。
「いい加減、忘れたほうがいいよな」
いつまで初恋を引きずってんだか。
さっさと新しい恋を見つけて、忘れてしまおう。
「……そう思って合コンに行ったら誰も相手してくれなかったけどな!」
実際、彼女のことは今でも好きだし、きっとまだ恋をしているのだろう。だが、それは既に終わった恋だ。
きっと彼女はもう振りきって、前へ進んでいる。俺もそうしなければならない。
「出会い系に手を出すか……?」
などと行く当てのない恋の捌け口を考えること数分、現在の俺の根城である二階建てのボロアパートが目に入った。
これから家事をして、明日の講義の準備をしなければと思うと気が滅入る。いっそ自主休講してやろうか。
「………………ん?」
ガッタガタの階段を昇れば、俺の部屋の前で誰かが座り込んでいるのが見えた。
癖のある黒髪の、地味な眼鏡をかけた大人しそうな女性だ。
白いワイシャツの上に桃色のカーディガンを羽織り、足首の辺りまであるロングスカートを着たその女の子は、俺に気づくと満面の笑みを向けてくる。
見間違えるわけがない。
それは、さっきまで考えていた少女だ。
それは、かつて俺が捨てた初恋だ。
「久しぶりだね、匠海くん」
目が離せないほど優しい笑顔で、記憶よりも大人っぽくなった彼女が、俺の前に立っている。
「………なんでここにいるんだよ、志野」
かつて恋をして、そして別れたはずの彼女……志野絢音(しの あやね)は、再会を喜ぶみたいに手を振った。
■■■■■■■■■■■■
志野絢音という少女と出会ったのは、高校生のときだった。
たまたま席が隣だったのがきっかけで、それから彼女に惹かれていったのを覚えている。
志野を一言で表すなら、優等生という表現がよく似合った。授業中に寝ている姿は見たことがないし、休み時間でさえ教科書に向かっているような、勉強ばっかりの大人しい女の子だった。
校則は絶対順守。先生をはじめとした大人の言うことはちゃんと聞く、規則正しくて真面目な子だ。
そんな女性が、どういうわけか真夜中に一人で出歩いて俺のアパートを訪ねてきた。少なくとも俺の知る志野絢音はこんなことはしないはずだった。
「えへへ、匠海くんは相変わらず優しいね」
自宅のベッドに腰かけた志野が肩にかかった黒色のくせ毛を揺らす。最初に好きになったのは、彼女のこの髪だったか。
「とりあえず上げただけだって。それで、どうしたんだよ?志野は遠くに行ったんじゃなかったのか?」
記憶が正しければ、俺の進んだ大学と志野の進んだ大学との間には5県分くらいの距離がある。長期連休にふらっと寄るならまだしも、現在は6月中旬。バリバリに大学はやっている時期だ。
だというのに、志野は遠く離れた俺の家にやってきた。どうにも、違和感がある。
「えーとね、匠海くんに会いたかったから。…じゃ、駄目かな?」
足をベッドに上げて、膝を抱え込む。いわゆる体育座りの姿勢。
長いスカートの裾から見える白い素足にドキッとした。足首から爪の先までよく整えられている。踏まれたって悪くないくらいの、綺
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