前編

 人にはみんな、ヒミツがあるらしい。
 だから、ボクにもヒミツがある。友達にも、父さんにも母さんにも教えてあげない、ボクだけのヒミツが。

「……バレたら、すっごく叱られそうだしなぁ」

 なので、できるだけ大人に見つからないように走る。
 目指すのは、街外れのヒミツの場所。
 じりじりと暑い太陽の光の下、石で作られた道を走り抜けていく。

 やがて道が石から土になり、草の匂いがしたところで、ボロボロの小さな家が見えた。
 その小さなお家が、ボクの目的地。ボクらのヒミツの場所。

「はぁっ……はぁっ……!ちょっと…ぜぇっ……急ぎすぎた……」

 全力で走ったせいで、息が苦しい。落ち着くまではノックだってできそうにないや。
 家のドアの前で足を止めて、息を整える。胸に手を当てて、息をすって、はいて。
 何回かくりかえせば、ドキドキって音がゆっくりになっていく。
 ……うん、落ち着いてきた。

「ふぅ……今、いるかな…?」

 コン、コン。二回ドアを叩く。

「ごめんくださーい!今日も、あそびに来たよー!」

 大きな声でよびかけると、家の中からドタドタって音がした。
 彼女の音だ。ああ、よかった。彼女は今、家にいたみたいだ。
 音が少しずつ大きくなって、一番大きく聞こえたそのとき、勢い良くドアが開いた。

「こんにちは!エディ!今日も私のところに来てくれてありがとう!」

 出てきたのは、黒い髪を左右で結んだ、ボクと同じくらいの大きさの小さな女の子。
 だけど、その女の子はボクと同じじゃない。女の子には黒い羽があって、しっぽも生えている。

「ささっ、早く上がって?今日もたくさん、一緒にいようよ!」

 こうやってボクの手を引く女の子の手はむらさき色で、なんだかふかふかしてる。

「おじゃまします。こんにちは、ネネロ」

 ふかふかした大きな手をぎゅっとして、女の子にあいさつする。
 これがボクのヒミツ。

 魔物と友達。
 大人に知られちゃいけない、ボクとネネロの、二人だけのヒミツだ。






 ネネロという少女は魔物だ。
 たしか、“ファミリア”って言うんだっけ?

 ボクたち人間とは違った体の女の子で、羽やしっぽのあるそのカタチは、大人の言う魔物そのものと言えるのかもしれない。

「大丈夫?汗が凄いことになってるけど…。そんなに急いで来たの?」

 なんて考えていたら、タオルを持ったネネロに声をかけられた。
 見た目と違ってきれいに片付けられた家の中で、ネネロにタオルで髪をふいてもらう。
 今日は暑い。その中を全力で走ったせいで、髪の毛の先っぽにまで汗が伝っていた。

「ん、ありがとうね。……ほら、大人にバレたらいけないからさ、走っちゃった」

 だって、この国は反魔物国家だから。
 つまりは、魔物と仲良くしちゃいけないんだ。
 魔物は人間にとって悪いモノ。魔物は人間を食べちゃうから、人間は魔物を倒さなきゃいけない。
 ボクも大人からそうやって教えられてきたし、みんなもそう思ってる。
 だから、こうやってネネロと遊んでいることはヒミツなんだ。
 これが大人たちに知られちゃったら、とんでもなく怒られるだろうから。

「あっ、でもそれだけじゃなくてさ!やっぱりネネロといっぱい遊びたかったから!
 だから走ってきちゃった!キミと早く会いたくってさ!」

 たしかに、他の人に知られたらいけないっていうのもあったけど、それよりもネネロに会いたいって思いが強かった。
 ネネロはずっと一緒にいたいって思える、大切な友達なんだから。

「もうっ!『早く会いたい』だなんて、嬉しいなぁ!」

「わっ!?」

 いきなりネネロが抱きついてきた。
 ふかふかした手が背中に回されて、胸と胸がぴったりとくっつく。
 やわらかくて、温かい。なんだか甘くていい匂いがする。

「あははっ!顔真っ赤だよ!照れてるの?」

 顔が熱い。それもそうだ、女の子とハグしてるんだもん。
 ボクはまだ子どもだけど、それでも抱きしめられることがトクベツだって分かってる。

(たぶん、これも“いけないこと”なんだろうな……)

 魔物に抱きつかれた、なんて母さんに言ったら倒れるんじゃないかな。

 「……こんなにもやさしくて、かわいいのに」

 ネネロとはじめて会ってから一か月くらいだけど、彼女たちが大人の言うような悪い存在だなんて、とても思えない。
 ……なんて、ボクみたいな子どもが大人たちに言っても、誰も聞いてなんてくれないだろうけど。

「ねぇねぇ、エディはいっぱい汗かいっちゃったみたいだし、遊ぶ前にお風呂入る?」

 ぼー、っと考え事をしてたら、ネネロがそんなことを言ってきた。

「あっ、そうだ!私と一緒に入ろうよ!二人で洗いっこ、きっと楽しいよ?」

「いやい
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