お皿を二つ、コップも二つ、茶碗も二つ、箸も二つ。
全部二つずつ。朝日に照らされたテーブルに向かい合わせに並んだ食器を眺めて、頬が緩む。
誰かと食事をするのは楽しい。それが、とびっきり可愛くて、愛おしい人となら尚更に。
「食器、並べましたよー!」
台所に向かって声をかければ、そこで作業をしていたエプロン姿の黒い女性が振り返る。
「すいません、手伝わせてしまって…悠乃くんは、じっとしていても良かったんですよ…?」
申し訳ないのか、嬉しかったのか、ちょっと涙ぐんでいる。
「いやいやそんな!ノナさんにはお世話になってるんですし、これくらいはやりますよ!」
女性…ノナさんに満面の笑みを返したら、ポロポロと泣かれてしまった。
ノナさんは魔物娘、バンシーだ。死に逝く人の前に現れ、涙を流して寄り添う者だ。
彼女と出会ったのは一ヵ月ほど前。寒い寒い冬の日。オレ…相生悠乃(あいおい ゆの)が命を落とした日。
16年間頑張って生きてきたが、そこが限界。親がいないものだから一人寂しく死んでしまった。ちなみに死因は餓死。オレは大変貧しかった。
家で死んでいたところをノナさんに助けられて、そのまま彼女の元で保護されたのが始まり。
そう、オレは一度死んでいる。そして、バンシーであるノナさんに蘇生させてもらったのだ。
「生きてるって素晴らしいなぁ……」
いや、死んでいるんだろうか?まぁいいや、どっちでも。
ノナさんとの暮らしはとっても楽しい。一緒に食卓を囲むのも、誰かとお喋りするのも、時間を共にするのも、生前では絶対に叶わないことばかりだ。
ただ、彼女との生活はいいことばかりでもなく………
「あーん…」
「…あの、自分で食べられますから」
目の前に小さく切り分けられた目玉焼きが差し出される。
どういうわけか、ノナさんは際限なくオレを甘やかそうとするのだ。
嫌なわけではないが、なんというか、恥ずかしい。
「……………あーん…」
「いや、いいですって。…恋人じゃないんですから」
たぶん、オレと彼女が恋愛関係にあれば恥ずかしがりながらも受け入れたと思う。
が、悲しいかな。オレ達はそういうのではない。
バンシーに蘇らせてもらった男性は、傍で泣いていた彼女たちに真っ先に襲いかかるらしい。
泣き声に劣情を煽られ、曖昧な意識のまま、彼女たちと交わるそうだ。
しかし、オレにはその記憶がない。したのは間違いないはずだが、その体験がすっぽりと抜け落ちている。
「えーと、気にしなくていいんですよ?……その、色々と」
色々。つまりは、シてしまったこと。
魔物娘にとって最も重要なことだというのは理解しているが、当のオレは忘れてしまっている。
ノーカウントにはできないが、かといって簡単に認めることも難しく。
だから、オレとノナさんは恋人じゃない。
恋人と呼ぶのは、図々しすぎる気がするから。
「………………ぐすっ」
「ああっ!?泣かないでください!悪かったですから!」
彼女たちバンシーは尋常じゃなく涙もろい。嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、すぐに泣き出してしまう。
何なら今朝おはようの挨拶をしたオレを見ただけ涙を零したくらいだ。
曰く、申し訳ないらしい。なにがだろうか?
その際のやけに熱っぽい涙目にぞくっとしたのは内緒だ。
と、このようにノナさんは些細なことでも泣いてしまう。この一ヵ月で幾度となく見てきたが、まだ慣れない。
「その、美味しいですね!いやー、ノナさんの作る料理なら毎日食べたいなぁ!」
とりあえず自分の皿の目玉焼きを頬張って見せる。強引に話題を変えて泣き止ませたかった。
「そんな、美味しいだなんて……うぅ…」
手の甲で目元を拭うノナさん。そうだった、彼女たちは嬉しくても涙するのだ。
嬉しいのと悲しいのがごちゃ混ぜになって、さらに雫が溢れていく。
「ティッシュ、ティッシュ!」
紙を取って、彼女の顔を拭く。
「ひくっ…すいません……いつも……」
瞼を閉じて、雫を取り除かれるのを享受する。
こうなったら、簡単には泣き止まないのだけど。
「……私のほうが、お姉さんなのに……こんな……」
恥ずかしいとか、情けないとか、色んな感情がぐちゃぐちゃになっているのだろう。
ティッシュが水浸しになっても、溢れて止まない。
「まぁまぁ、オレのほうがいっぱいご迷惑おかけしてますから!」
それに、こうやって彼女に触れるのは密な楽しみなのだ。
紙ごしでも、その柔らかい頬に触れるのは気持ちいい。
さらりとした黒い長髪に指が当たる感触はなんともいえない。
目を瞑ってされるがままの彼女の姿はクラクラするくらいに可愛いし、それを間近で見られるのはたまらない。
可愛い、愛
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