中編

 目が覚めて早々、昨日のパイズリを思い出しちまって喉まで出かかった溜息を飲み。朝日が昇るよりも早くこの国を出た。
 もちろん。黙って外出なんぞお偉いさん方が迷惑するだろうから、天使さんに頼んで置手紙を用意しといた。偵察に行ってくるってな。
 説明のようで説明になってないメッセージに、あちらさんはさぞ困ってるだろうな。俺としちゃそいつが狙いなんだが。

「まあそっちは置いとくとして。恐ろしい魔物の国とくりゃ、さぞ厳重で入るにも一苦労……なんて考えていたんだがなぁ」
「ずいぶんとあっさりとは入れましたね。これは奇襲のチャンスなのでは」
「そいつぁは無しとしようや」

 せっかく忍び込む策を考えてたってのに、普通に歓迎されちまった。俺も天使さんも目立たねぇ一市民って感じの恰好なんだが、それにしたってゆる過ぎねえか。
 いちおう罠を考えてさり気なく辺りを見ちゃいるものの、これといって視線は感じねぇ。

「ちょいちょい! そこいくおにーさん。うちの店をちょいと見ておくれよ! あんた同郷だろ? 懐かしい品がいっぱいあるよー!」
「おっ? そいつは面白そうだ」

 こんな具合にさっきから歓迎されっぱなしで、他の観光客と大差ない扱いだ。

「まさか故郷離れて狸商人と会えるなんてな。はてさて、狸といや八化けだが、値札の桁を変えたりしねぇでくれよ?」
「んななっ!? そりゃないよおにーさん。うちら商人は信用第一。嘘だと思うなら手に取って確かめてみんさい!」
「んじゃお言葉に甘えて。へぇ! こいつはいい簪だな。細長い銀細工が羽みたいになってら。素材もいいもんだな」

 この手の装飾にゃ疎いが、そんな俺でもわかる上物。天使さんの金髪にさしたらさぞ映えるんだろうな。
 ……いやいや、天使さんは仕事で俺についてきてるってのに、んなもん渡されても困るだろうよ。どうにも昨日のパイズリから自惚れちまっていけねぇ。飾りじゃなくて他の品もんを見よう。

「おっ、武器も売ってんのか」
「ジパングの武器は希少な美術品としても売れるからねー。需要を見抜くのは商人の基本ってやつさ」

 ジパングね。こっちの日本って感じかね。
 確かに実用つうより、見た目が綺麗な観賞用が多いな。それでも戦いに使えそうなのもないわけじゃねぇ。

「この長巻。ちょいとばかし振り心地を確かめていいか」

 店主に許可をもらって、目に留まった武器を借りて調子を確かめる。
 柄と刃の長さがほぼ同じの長物。薙刀と刀の中間ともいうべき武器。まさかこいつが異世界にもあるたぁな。
 薄い桃色の光沢の刃に映る景色にゃ、ほんの僅かな歪みもない丁寧な研ぎ。刀身に曲がりもねじれもない。作ったのが誰か知らんがかなりいい業物だ。

「フユキ、それはハルバードですか? ずいぶんと細いですが」
「どっちかってぇとツーハンドソードだな。俺の故郷じゃ斬馬刀なんて呼ばれることもあるなっと!」

 全身で振るい腕の動きは小さく。刃は弧を描くんじゃなく直線の動き。おっかない親父の教えを思い出して長巻を振るう。
 やっぱこの手の得物の方が俺にゃしっくりくるな。

「おおっ! やるねぇおにーさん。一陣の風が精液の臭いを連れてきたみたいな武器捌き。うっかり惚れちゃいそうだね!」
「それ褒めてんのか。まあ褒めてんだろうけどよ」

 どーにも理解しがたい感覚にようやっと魔物の国に来たって感じがするな。こんなんで感じたくはなかったが。
 天使さんは大丈夫かね。ド直球の下ネタなんざ、カンカンに怒りだしちまいそうなもんだが。

「ハァ……ハァ……フユキ……んふ……ハァハァ
#9825;」
「んなっ!?」

 苦し気に息を吐く天使さんが俺の肩に縋りついて、ミルクみてぇな甘い匂いがふわっと鼻をくすぐりやがった。そのうえ今は鎧をつけてねぇもんだから、出るとこの出た柔らかい身体の感触をはっきり感じちまう。
 場所が場所なだけになんとか盛るのを耐えられてんだが、ぐいぐい押し付けてくる肉に俺の頭もだいぶヤバい。

「わりぃ店主さん! ちょっと相方を病院に連れてかないとなんねぇ!」
「おやおや? そりゃ一大事だ。置いてくのも手間だろうしその長巻、そのまま持ってきなよ。お代は後でいただくし、返品もありにしとくから」
「すまねぇ恩にきる!」
「そこの角を右に曲がったとこにホテルあんからねー!」

 天使さんを両手で抱えながら、店主さんの助けに頭を下げ。教えてもらったホテルに駆け込んだ。
 事情を説明したらありがてぇことに空いた部屋を貸してもらい。汗でぐっしょりの天使さんをとりあえずベッドに寝かせて熱を測るとする。

「あっつ! 不味いな……天使に効く薬なんざ知らねぇぞ」

 しくじっちまったな、もう少しこの世界について調べてから潜入すべきだったか。

「フ、フユキ
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