人はセックスのみで生きるにあらず。
とある偉人が言ったらしいが、素晴らしい名言だと私も思う。
「しかし本当にそうだろうか?」
魔物はとかく性に貪欲で、サテュロスある私なんか特にそう誤解されがちだ。だが考えてみて欲しい。ワインを片手にしては愛しい人を抱けない。
もっと言ってしまえば、朝のおはようや夜のお休みと口ずさむのはセックスと無関係と断言できるのか?
私は違うと断言する。ワインが時間をかけて成熟するように、日々の積み重ねは愛を深めセックスをより上質に変えるのだ。
「つまりはこの瞬間も私たちは身体を重ねていて。生きるということはつまりセックスをし続けることなのだよ」
「アホ言ってないで朝食食えよ」
「うーん、相変わらず渋い顔だね少年」
「朝っぱらから意味わからん妄言聞かされたらな。誰が魔物なんかと……拾ってくれた恩は忘れちゃない」
憎まれ口を途中でフォローにしてしまうあたり、育ちはだいぶ良かったんだろうね。恐らくは貴族か教団のお偉いさんかな?
どうしてそんな少年がどうして魔界に逃げてきたのか、掘り起こすのは野暮だし楽しくない。
「君が嫌なら信頼できる人間に預けようか? 私みたいな美人と二人では、少年も悶々としてしまうだろうしね」
楽しくないのはサテュロスの流儀に背くというやつだ。ここらで一つジョークで挟もう。
両腕で胸を抑えて強調しつつからかってやれば、わかりやすく顔を背ける少年に良くない感情がわいてしまう。
冗談でなく本気にしてしまおうか。
「チッ」
「ごめんごめん。少し魔物らしさを我慢できなかったよ」
「謝るなよ……」
やっぱなしだ。本気で嫌がってしまっている。
「魔物は男を食うもんなんだろ。こっちは屋根を借りてる身なんだ。俺はいつでも食われる覚悟はしてる」
「生憎と私は過程を大事にしたいんだ。それに、魔物だって男ならだれでもいいわけではないよ」
不器用なOKサイン──というよりは降伏宣言。少年の心にあるよどみは拾った時から少しも減っていない。
強引に迫れば彼は抵抗しないし、そのままサテュロスの快楽に陶酔させれば過去を忘れさせる自身はある。けれど──
(やれやれ、私もたいがい未練がましいね)
それでも酔いに頼らず人として乗り越えて欲しいと少年に願ってしまう。
私もまだまだ前職の習慣が抜けきっていないようだ。
「……急に黙ってどうしたんだよ?」
「なーに、少年への給料を真面目に考えていたんだよ。ブドウ畑の手伝いだけで助かっているし、これ以上は少年から対価をもらうのは気が引けるからね」
黙った私に少年が傍から顔を覗いてくる。鼻血を気合で我慢しつつ、サテュロスらしく気さくに気さくに。
「つっても金ないだろ。ここ」
「ははは……そこはまあほら、しっかりとした農場じゃなくて素人の道楽モドキだしね」
「よく生きてこれたな……」
乾いた笑いをあげつつも私の悩みは誤魔化せたようで、同時に楽しい朝食の時間も終わってしまった。
もっとゆっくりしていたいのだが、肝心の少年がテキパキとかたずけを始めてしまっていて。私と少年が向かい合えるのは次の食事までのお預けだ。
────────
「ふぅー、このあたりで一休み。んんっー、はぁ」
農作業も一段落し、大きく背伸びして胸を揺らしても見てくれる人はいない。
「少年が遅刻……いや大遅刻とは珍しい。明日は雪でも降るんじゃないかな」
朝食の後は主神に祈りを捧げ、農作業の手伝いをする。それがあの子のルーティンワークだったのだけれど、昼過ぎになっても来ないとは。少年の真面目さを考えるとおかしい。
私の脚は自然と少年の元へと急ぎ。小さな家の後ろに建てられた荒々しい作りの小屋をこっそりのぞき込む。
「少年は……うん、何事もないようだね。よかったぁ……」
幸い、最悪の想像は外れてくれたようで小屋の中に少年はいた。なにもかも手作りな小屋の中で、唯一違う小さな主神像へと一心不乱に祈る彼。それがあまりにも一心不乱だったから──
(そういえば祈るのは私も好きだったかな)
少しばかり昔を思い出して、久しぶりに祈りでも捧げてみようかと少年の隣に行く。
よほど熱心に祈っているのか少年は私に気付かない。私が真横にいるのを知った時どんなリアクションをするのだろうとイタズラ心がチクチクとくすぐられるじゃないか。
うん。捧げる祈りの内容をあれこれ考えていたが決まった。少年の悩みが吹き飛ぶようなビックリを願うとしよう。
主神様へはさすがに不敬なので、適当な堕落神へと祈りを始める。
(懐かしいな、こうしてただ一心に祈るのは……やっぱり気持ちが落ち着く)
少しずつ世界が狭まって、自分以外が別の世界に行ってしまったような静寂。
魔物
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