二人だけの朗読会

 今より少し昔に、友達と森へ遊びに行って迷子になったことがある。お祭りで忙しい大人たちに花冠をプレゼントして驚かせてやろうと、子供だけでこっそりと、ちょっとした探検気分で出かけたのだった。

 両親が薬師で普段から薬草を取りに森に入ることが多い僕は、ついつい得意になって、一人森の奥深くまで入り込み帰れなくなってしまった。

 その後、子供がいないことに気づいた大人たちが、眠っていた僕を見つけだし。子供たちは、全員まとめて村長に特大の雷を落とされた。
 さすがに懲りたのか、その後森で遊ぼうとすることはなくなった。けれど僕だけはまだ森の奥へと足を踏み入れる。そこに住む友達に会うために。

「こんにちわ、お姉さん! 家で作ったアプリコット持ってきました!」
「いらっ、しゃい、アミル。怪我とか、して、ない?」
「大丈夫です、お父さんから色々教わりましたし。もう暗くなってもへっちゃらです!」

 帰り道が分からなくなり、心細くて泣きだしそうになっていた時。大きな翼が僕を包み込んだ、驚いて振り向くと大きなフクロウの格好をした女の人が、不安そうな顔で僕を見つめていた。

 最初はびっくりしたけど大きくて奇麗な眼を見ている内に、さっきまで感じいた心細さは無くなり。お姉さんが話す遠い国のおとぎ話や勇者の話に夢中になっている内に、いつの間にか眠ってしまい、目を覚ました時には家のベッドの上だった。

「だめ、よ、夜の森は、危ないから、暗くなる、前に、帰るの、いい?」

 そう言ってバスケットを受け取ったお姉さんは、近くの木を背もたれにして座り込み、両膝をぽんぽんと叩く。

「おいで、今日は、どんな、お話が、聞きたい、の?」

 僕が膝の上に乗ると、両翼で抱きかかえてくる。お姉さんの胸が枕みたいに当たって少し恥ずかしいけど、暖かい羽毛の感触とミルクの様な甘い匂いが心地よくて、ついつい寄りかかってしまう。

「んー、前に言ってた、東を目指す勇者の話が聞きたいです」
「うん、シルクの、勇者、様の、お話、ね」

 そう言って空を見上げて小さく何か呟き、大きく息を吸った後。お姉さんはゆっくりと語り始めた。

「昔々、ある一人の旅人が、遠く東の国へと旅をしていました。」

 いつもと違う歌うような話し方で、物語を話すお姉さんは、とても楽しそうで、普段の物静かで奇麗な様子と違い、あの時の眼みたいな暖かい日だまりのようで。それを独り占めしてると思うと、なんだか嬉しくなってしまう。

「こうして勇者となった旅人と一人ぼっちのお姫様は、小指と小指を絡めて何時かのように約束しました『この指、もう二度と離しませんわ旦那様』そう言っお姫様は初めて笑った顔を見せたのです」
「めでたしめでたし……ね。どう、だったかしら?」

 強く優しい主人公が、孤独な女性を救い出すお話。お姉さんはこういったお話に憧れているのか、いつも以上に眼をキラキラさせて僕を見ている。

「悲しいお話だと思います。たとえいつか会えるとしても、大切な人がそばにいないなんて僕には耐えられません」

 けれど、僕はそう思えなかった。
 ほんの少しとはいえ一人になってしまったあの夜。たったそれだけで僕は、空っぽの世界に取り残されたような気持ちになった。それが何年の続くなんて考えたくもない。

 自分の好きなものを否定されてお姉さんが悲しむかもしれない、でも嘘をつきたくはなかった。

「そう……」
「だから今、僕はお姉さんと一緒に居れて幸せなんです」

 恥ずかしいのを我慢してお姉さんに寄りかかる。体がこわばり胸の鼓動が鳴りやまない、一生分の勇気を振り絞って顔を上げる。そこには、大きく眼を見開いて固まってるお姉さんの真っ赤な顔が見える。

「え、えっと……だからその……あの……」

 言葉が出てこない、お姉さんの悲しんだ顔が見たくないからってこれは無い。唐突に告白なんかして、ムードも何もあったもんじゃない。

 ……いや、ここまで来たらもう覚悟を決めよう、ついさっき勇気を振り絞ったばかりじゃないか。両手で頬を抑えて眼を閉じて、僕を強く抱きしめたまま、動かないお姉さんともう一度見つめあう。

「大好きです、僕を見つけてくれたあの時から」

 顔が熱い、今どんな表情をしているんだろう。どうでもいい考えばかりが頭の中でぐるぐると回っている。とにかく笑ってたほうがいい気がする、少なくともかっこ悪くはない……と思う。

「ありがとう、ね。でも、そういう、のは、大人になるまで、取って、おく、ものよ」
「無理ですよ、さっき言ったじゃないですか。大切な人がそばにいないなんて耐えられないって」

 顔をそらして僕を抱きしめていた翼から力が抜ける。けれど、無理やり膝上からどかすわけではなく、ただそのまま拒絶でも受け入れるわけでもない、
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