正直、あんな男がこの世界に転生してくるとは。
啓蒙国家フェリエの領主、フェリーナは、大きなため息をついてから、娘の頭を撫でた。
「エルメリアよ。この国の繁栄は何によってもたらされたか言ってみなさい」
「知恵と教育です」
「よろしい」
娘の言ったことに間違いはない。
この啓蒙国家フェリエは、様々な国の貿易船を受け入れる補給港だった地域が力を持ち、国として成立した。そして貿易船から他の国々の持つ技術と知恵そして優れた魔術などを書き留めた書物を国費で購入し、その技術をもって繁栄した。そして書物は写本などによって、この国で大量に生産され、輸出産業としても発達した。もちろん、その書物を用いた教育分野に於いてもこの国は高い水準を誇り、この国で教育を受けたものは様々な国に技術者として輸出された。
さらに、貿易額の多い国や、遠い地からは留学生を受け入れ、率先して他国の技術、知識の吸収を行い、現在ではレスカティエにも並ぶ大国としての地位を確立した。
そうして繁栄したこの国はその富を国民に再分配し、義務教育制度を作り出した。そして国民すべてに魔術、算術、剣術を教え、識字率を100%近くまで押し上げた。
そのおかげでこの国は魔法技術も兵力も、どんな国にも負けなくなった。
書物の普及と識字率の向上。そして高度な教育制度の確立。それらによってもたらされる富と技術。
それがこのフェリエが『啓蒙国家』と呼ばれる所以でもあるのだ。
これは、我々フェリエ家が先祖代々受け継いできた伝統であり、智を愛した先人たちの努力の賜物だ。
だから私はこのフェリエ国の4代目として、この様な制度確立に尽力した先代達を尊敬している。だからこそ、先代達に恥じぬよう、彼らのの時代よりももっとこの国に繁栄をもたらしたいと思っていた。
だから、私はこの繁栄をより長く続けるために、この世界の裏側にあるという異世界の人間の知識を欲した。
彼らの叡智の結晶は、魔法ではなく『科学』と呼ばれる、魔法理論も、初歩的なルーン機構さえも超越した、強大な力だ。
それがあれば、この世界はもっと便利になり、世界は平和になる。強大な力さえあれば、レスカティエの使徒さえも魔の下に堕とすことができる。
私はそう考えた。
そのため、私は優秀な魔術士である娘、エルメリアに異世界の人間を召喚する技術を教え、あの男を呼び出した。
……黒髪黒目の名も知らぬ男。
あの男はエルメリア曰く、この世界に呼ぶことのできる異世界唯一の男だという。
彼にはこの地での生活を強いる代わりに、この国の叡智と富と、与えられるだけのものを与え、この国を担う次期王女、エルメリアの婿にすることまで決まっていた。
わが娘もその計画に賛同してくれた。
エルメリアは私と同じように、この国の未来を案じてくれている。純粋にそう思ったからこそ、この計画を実行した。
だがしかし、その計画には一つだけ誤算があった。
それはあの術式が消費する魔力が私の予想よりもかなり多かったことだ。
その結果、エルメリアの性欲は際限なく膨張し、あの男を襲うに至った。
魔力とは人間の男の精液から変換され、魔物の体内でエネルギー源となるものだ。空腹になればパンを欲するように、魔力も減少すれば精液を欲するようになる。もちろん飢餓状態であれば、由緒正しきリリスたるエルメリアといえども、男と交わる衝動を抑えられなくなる。
むろん、目の前に現れた男が異世界の者であるならば、その珍しい精を飲みたいと思うのは普通の事だ。
私でさえ、娘の大きな喘ぎ声を聞いただけで濡れてしまったのだから。
まだ未熟なエルメリアにとって、彼を襲ってしまったのは仕方のない事だし、魔族のもたらす快楽を知らない異界の者にとっても、エルメリアという淫魔の誘いを断るのは、さぞかし難しかったことだろう。
だが、エルメリアのした行為は、この国の規範を脅かす大きな脅威となる。
それは反魔物国との国交正常化や、中立国への魔族技術者の輸出決定など、大事な時期を控えた今だからこそ、厳しく罰するべきなのだ。
この国はあくまで啓蒙国家である。知性と理性によって魔族と人間に平和をもたらし、魔物は『欲望のままに男を襲う』という先入観を無くすことを国家の目標としている。
だからこそ、第一息女のエルメリアがしたことは、絶対にあってはならないスキャンダルなのだ。
「エルメリアよ。見知らぬものを犯すのは啓蒙国家の王女としての礼節にかくのではないか、と私は思うのだが」
私は正面の少女の顔を見つめ、母としてではなく、この国の女王としての言葉を紡ぐ。……そしてその言葉の冷たさに、言わなければよかったのに、と後悔する。
「…………お母様?」
エルメリアは私の顔を見つめ返す。その瞳
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