ドラゴン・ア・ゴーゴー

 「失せろ、人間共。そして、二度と来るな」

 「クソ!撤退だ!撤退しろ!!」

 火傷を負った腕を庇うように教団の男が叫ぶと、その部下達もまるで蜘蛛の子を散らすように洞窟から逃げていく。
 その光景を冷めた目で見つめ、すっかり荒らされた住処を見回しドラゴンのトゥルソは深いため息を吐いた。
 偉大な魔物、ドラゴン。他の魔物と比べ、尋常ではない魔力をその身に宿す彼女達は恐れられると同時に、一部の地域では神として崇められている。
 しかし、トゥルソは神として崇められているどころか、人類の敵…魔物として忌み嫌われる存在であった。昔からこの土地はトゥルソの縄張りであり、彼女はここで静かで平和な生活を送っていた。それをここ最近、教団と呼ばれる連中が近くの街に現れトゥルソを討とうと兵士を送ってくるようになったのだ。
 すでに2桁にも上る討伐団が彼女の住処に攻めてきたが、トゥルソはそれらを全て追い返している。中には勇者と名乗る者もいたが、彼女には敵わなかった。元々、ドラゴンは人間が相手できるような魔物ではない。トゥルソが本気を出せば人間など一瞬で灰にする事が出来るのだが、トゥルソは一度も教団兵の命を奪った事は無かった。人間の命を奪う事を考えるだけで吐き気がする。それも新しい魔王となったサキュバスの影響だったが、どうでもよかった。

 「……チッ」

 かつては宝石や絵画が並び綺麗に装飾された住処だったが、今ではすっかり殺風景になってしまった。それも頻繁にやってくる教団兵から守るために隠したためだ。
 剣や魔法、トゥルソ自身の炎によって部屋は見るも無残な状態だ。さっきまでの戦闘の残り香が漂い、トゥルソは頭痛を覚えた。

 「……」

 ここにいても気が滅入るだけだ。しばらく外で過ごし、気が向いたら戻ってくればいい。そう自分に言い聞かせ、トゥルソは大きな翼を広げるとそのまま洞窟から飛び去った。





 「ふぅ〜…」

 トゥルソは洞窟から出ると、近くの山の頂上に腰を落ち着けた。ここは彼女のお気に入りの場所だった。他の魔物娘もいない、まして人間もいるはずのない彼女だけの空間。季節が変わればそれぞれの四季特有の景色が視界に広がり、決して飽きる事の無いこの場所は一番の宝物と言っても過言ではない。
 黒い甲殻が日光を反射し、鈍く輝く。白い肌に太陽の光を浴びながら、トゥルソは気持ち良さそうに横になった。
 トゥルソは他のドラゴンと違って緑色の鱗や甲殻ではなく、黒い鱗と甲殻を持っていた。彼女の母は緑色だった事から突然変異なのだろうがトゥルソはそれを特に気にしていない。それどころか、自分が何か特別な存在に思えるのでこの黒を気に入っている。

 「んー…は、あぁぁ…」

 草の香りを肺いっぱいに吸い込み、温かな光に包まれていたが、不意に気配を感じトゥルソは勢い良く起き上がるとそのまま振り向いた。
 そこには男が立っていた。
 長身でがっしりとした体、薄い髭が口周りを覆い、トゥルソを見つめる眼は野生の獣を連想させる。薄汚れた服から、この男が教団の兵では無い事が分かる。それでも油断はできず、心を許す事もできない。
 この男が街から来たのならば、トゥルソの事を知っているはずだ。教団ですら手こずる魔物を倒したとなれば恐らく最高の名誉と一生かかっても使いきれない財を与えられるはずだ。そのためならば何でもするだろう。人間の欲深さをトゥルソはよく知っている。

 「…ここまで来るとは驚いたぞ」

 威嚇を込めた声色に男も多少怯むかと考えたが、男は動きを見せずただ立ち尽くしている。眉間にしわを寄せたその顔からは何を考えているのか分からない。

 「ふん、まぁいい。どうせ貴様も私の首を取りに来たのだろう?」

 「……うん?」

 「とぼけるなッ!ただで貴様を帰すわけにはいかんッ!貴様の体にも刻みこんでやる、ドラゴンに歯向かうという事がどれだけ愚かな事かをなッ!」

 そう吠えると同時にトゥルソは巨大な翼で空気を叩き、男へ一直線に向かった。
 殺すつもりは無いが、無事に帰すつもりも無い。この男を見逃せば調子に乗った連中が後から続々とここに来るだろう。それを防ぐためにも圧倒的な力で叩き伏せ、あの街の人間達に知らしめてやるのだ。ドラゴンに挑む事が愚かだという事を。そして、トゥルソ自身がそっとしておいてほしいという事を。
 風のような速さで男に迫り、トゥルソは黒い剛腕を男に振り下ろした。もちろん全力ではない。ある程度、手加減をしている。手加減とはいえ人間相手には充分すぎる。
 しかし、男はトゥルソが反応するよりも速く振り下ろされた腕を流し、トゥルソの腹に掌打を叩きこんだ。

 「ぅがッ…!」

 すさまじい衝撃が内臓を伝わり、背骨を通し全身に広がった。トゥルソは驚愕と痛みに目を白
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